« 2006年06月 | メイン | 2006年08月 »

2006年07月23日

PopulouSCAPE @ BankART1929

 EIZONE@BankART 1929、いよいよ開幕。万博以来、初めての展示/上映となる。期間は、7月30日(日)まで。詳細は下記にて。

http://www.kawasekohske.info/EIZONE/

 今回の上映は、ポピュラスケープの本来の魅力を最大限に感じることができる最初の機会と言っても過言ではない。映像の精細さ、情報量の多さを間近で体感できるのはもちろんだが、音楽のダイナミクスも、これまでのどの発表の機会よりも充実している。

 今回の展示に合わせてDVDとしてのリリースも実現された。だが、ポピュラスケープの本当の魅力を味わいたいのなら、この上映機会を見逃す手はない。DVDで体験できるポピュラスケープは、いわば、挨拶程度のもの。ポピュラスケープって何?  と訊かれたとき、「こんな感じです」と紹介するためのツール。名刺代わりといってもよい。

 一方、今回の上映での体験は、きっと、生涯、忘れ得ないものになるだろう(この作品の本質に触れることができる「琴線」を備えた方にとっては)。僕自身、万博での上映のとき以上の達成感、満足感がある。そして、今、既に、この手応えを、さらに別の機会につなげたい気持ちでいっぱいだ。

 DVD等のメディアで、ポピュラスケープ本来の魅力に近づこうとするなら、そろそろ市場に登場し始めた、ブルーレイやHD DVDが必要となるだろう。こうした新しいメディアが一般に浸透したころ、ポピュラスケープの次のバージョンが…もしかしたら、そんな瞬間を迎えているかもしれない。

 万博公開時のお知らせには、普通に生活している分には接することのない、初めて知るような文字が沢山並んでいる。音楽家として参加した僕も、もちろんその一人だ。

http://www.kawasekohske.info/PS3/

 こうした文章を読むと、それだけで拒絶反応が現れる人も少なくないだろう。しかし、実際に体験できる作品は、純粋なエンターテインメントとしても充分に楽しめる内容に仕上がっている。そして、何よりこのポピュラスケープが独特なのは、都市の人口数をビルの高さとして表現した世界の「今」を垣間見せる映像世界が、それだけでただ「美しい」ことである。人類が膨大な時間を使って作り上げてきた世界の様子を数値化し独自の表現で視覚化することで、これほどまでに美しい風景が広がろうとは…これが、多くの人がこの作品に出逢い覚える衝撃のひとつであろう。

 また、ポピュラスケープの末恐ろしいところは、「ただ美しい」だけで終わらないところだ。その美しさの裏にある、都市が抱えた様々な問題を想起させる力を備えていること——あなたは、この「人口風景」に、どんな希望を覚えるだろうか?

 この作品の制作に携われたこと。いくつかの発表の機会に恵まれたこと。そして、この作品を通じて沢山の出逢いを生み出してくれたことに感謝すると同時に、この作品の次なる展開を、強く強く、期待している。

 8月末から、ヨーロッパ最大級のメディアアートフェスティバル「アルス・エレクトロニカ」(オーストリア、リンツ)で開催される「アニメーション・フェスティバル」へも正式に出展が決定したそうだ。期待はほどほどに…これまでの経験上で覚えたことだが、BankARTでの上映後の喝采ぶりを目の当たりにすると、否が応でも期待は募る。この作品の想いが、どこまで広がり、どこまで伝わるのか? 僕自身、その目撃者となりたい。

ポピュラスケープ公式サイト

2006年07月21日

ひびのこづえ展@金津創作の森 オープニングパフォーマンス

 8月20日まで、福井県あわら市 金津創作の森で開催中のひびのこづえ展。その初日、7月1日に、展示会場にてオープニングパフォーマンスが開催された。今回も楽曲提供という形で参加。現地でたっぷり、パフォーマンスを体験してきた。

金津創作の森

 2005年の愛知万博でのパフォーマンス「Creative Japan」からご一緒して、その後、国民文化祭ふくい・2005でのファッションフェスティバル in 鯖江、11月にはスパイラルで開催された氏の個展でのパフォーマンス…そして今回、と、気づけば早くも4度もご一緒させていただいたことになる。本当にありがたい。

 先日、そのパフォーマンスの模様を収録したDVDが届けられたのだが(このDVD、個展会場にて連日上映されているらしい)、別件仕事で睡眠不足の最中、疲れ果てた状態で、翌日の業務のために即、眠らないといけない、睡眠時間を確保しないといけない、体力を少しでも回復しないといけない…そんな具合で、その日は一刻も早く床につくはずだったのに…「さわりだけでも見るかな」と、内容をちょっとだけ「確認」するつもりだけでプレイヤーを再生した。それが、より睡眠不足を生む結末を生もうとは…。

 自らの楽曲が使用された、内容も十二分に知りすぎているパフォーマンスの記録映像だというのに、瞬時にその雰囲気に飲み込まれ、気づけば、連続2回も通してみてしまう羽目に…。ある意味、この上ない、幸せ者である(苦笑)。

 今回の公演では、僕は、完全にお客さんの立場で、このパフォーマンスを鑑賞してみよう、と決めていた。今回のために新曲を作ったわけではなかったので、あえてリハーサルにも立ち会わず、会場前、整理券を求めて並ぶお客さんの列にまぎれてみたりしながら、観客気分を味わっていた。客観的に、自分の仕事がどのように機能しているのかを知りたくて…。

 だけど、客観的になんて、なれるはずはなかった。パフォーマンス中、どこまでお客さんに伝わるだろうか? どれだけ喜んでいただけるだろうか? 途中で飽きたりしないだろうか? 子供は泣かないだろうか?(最初の方で、少し泣かれてしまったけど・苦笑)と、そんなことばかり考えてしまって、純粋に楽しむことができず、たえず、ドキドキしていた。お客さんたちが公演中、ひそひそ話している姿を確認しては、気になって仕方がなくなったり…。

 でも、最後の曲が始まるころには、そんな「観察モード」から自然と抜け出し、目の前での光景に、ただただ身を委ねている自分がいるのに気がついた。そしていつものように、少しだけこみ上げてくるものが…本当に、幸せ者である(苦笑)。

 音が鳴り止んだ。ダンサーのみなさんが深々と頭を下げて最後の挨拶…これまでのどこでの公演以上の大きな拍手が…鳴り止まないのではないか? と思うほど、本当に長い時間、続いた。

 心の底から、嬉しいと思える瞬間だった。理屈っぽくて敷居の高い、作っている本人やごく一部の人たちにしか伝わらないようなものではなく、かといって、わかりやすさを追求するわけでもない、列記とした「作品」でありながら、より多くの人に伝わる力を備えたパフォーマンス…その、とてもバランスのとれた感じが、心地よい。そしてそれこそ、自分の求めていたものであり、その場に参加できたことを誇りに思う…そんなことを改めて痛感させられた瞬間だった。

 とかく若い頃は、「自分のために創作している」「新しい価値観を生み出したい」…なんて、誰かの受け売りのような言葉を自分に課していた部分があったが、こうした瞬間を目の当たりにすると、それがどれだけ「青い時代」の戯言だったか思い知らされる。

 「何のために」、そして、「わかる」なんてことは、キャリアを終えるその瞬間を迎えても実感できないことなのかもしれない。だが、こんな瞬間をこれからも沢山届けられるように、自分を律していけたら、と、強く思うこのごろ…。

 終演後、「曲、いいねぇ」と、こづえさん。「CD、出しちゃいますかねぇ」と、僕(調子に乗り過ぎ)。万博のときはもちろん、スパイラルでの上演まで、毎公演、終演後にCDは売っていないのか? という問合せがあったらしい。もちろん、出す気は満々なんですが、先立つものが…(苦笑)。だけど、いつかリリースできる機会を作ります。密かに楽しみにしてくれている方、今日の約束を、首を長くして待っていてください(笑)。