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都の魂

先日、深夜に、
京都のお寺、お庭をテーマにしたテレビ番組が放送されていた。
特にやることもない夜。。。
テレビなんて観る気もないのに、
リモコンでチャンネルを次々切り替えながら、
ボーっと、画面を眺めていた。。。
ふと気がつくと、その番組に、釘付けになっていた。
 
 
 

僕は、京都で生まれた。
といっても、生まれただけに等しい。
幼稚園からこれまで、東京で暮しているから
「ほぼ、東京の人」といっていい、
そんな、曖昧な存在。
 
 
僕が生まれたときから既に、
家族で東京に移住する計画が準備されていた。
実際、その計画は、僕が4歳になるころ、
実行に移された。
 
 
「東京へ行って、京都弁しゃべっていたら
 いじめられるかもしれないから」
 
 
そんな親の愛情とも言える配慮のお陰で、
家の中では、京都弁が禁じられていたそうだ。
 
 
お陰で今でも、僕は、標準語しか話せない。
 
 
いつのころからか、
自分のルーツについて、よく考えるようになった。
 
 
僕の中には、京都と大阪の血が流れている。
けれど、京都弁も大阪弁も話せない。
大人になってから、仕事などで
関西へにいく機会が何度かあった。
すると、いつも、歯がゆい想いをする。
 
 
耳から聞こえてくる、懐かしい言葉の響き、
肌で感じる、故郷の空気、
食べ物を口にすると蘇る、淡い記憶。。。
 
 
  血が騒ぐ。
 
 
関西圏にいると、そんな感覚が湧く。
 
 
なのに、なぜか、よそ者の気分。。。
 
 
僕が育ったのは、東京のど真ん中。
住まいは、新宿の繁華街まで歩いていけるほどの位置に。。。
学校は、皇居にほど近い場所にあった。
 
 
高層ビルが建ち並び始めた当時の新宿は、
今の六本木周辺の様子と似て、まさに都市の繁栄の象徴だった。
皇居周辺は、言うまでもなく、日本の政治の中枢。
国会議事堂を横目に学校に通う。。。
それが当たり前だった日常。。。
 
 
今でも、育った街の近くを通ると、
 
 
  「ここが故郷」
 
 
そんな気持ちが、少しだけ湧く。
でも、なにか、物足りない。
 
 
いつだったか、
京都の生家跡に、独り、立っていたことがある。
ここにいた記憶は確かにある。
わずかだけど、京都での想い出も、きちんと残っている。
でも、どこか、他人事のよう。。。。
 
 
東京での慌ただしい暮らしを過ごす今から想像すると
とてもこの先、京都に身を寄せることなんて想像できない。
 
 
 
なのに、京都にくると、感じる何かが、ある。
 
 
 
大切なものを、どこかに置き去りにしたまま、
生きてきてしまったんじゃないのか?
 
 
 
そんなことを思うことが、このところ、多くなっていた。
 
 
 
先日の夜、放送されていたそのテレビ番組をみていて、
感じるものがあった。
 
 
  「僕の中には、都の魂が確かに宿っている。」
 
 
そう、確信した。
 
 
あの街の空気感。
お寺さんやお庭で再現されている
精神性や哲学、空間構成。。。
 
 
 
そうしたもの、全てが、
僕の作品に、僕の仕事に、
きっちりと反映されているじゃないか。
 
 
 
ソロ名義で最初に放った、
音と光の作品「Long Autumn Sweet Thing」。
これを完成させたとき、
制作中は意識さえしていなかったことに、
改めて気付かされた。
 
 
  「ここには、日本に生まれ育った男の精神性が
   反映されている」
 
 
その当時は、そこまでしか、思考が及ばなかったが、
今、さらに深く追求すれば。。
 
 
 
  「これは、京都で生まれた男の、都の魂を宿した作品」
 
 
 
ということになるだろう。
 
 
 
これまでの仕事を振り返ってみた。
どれもやっぱり、都の魂が刻まれている。
 
 
 
僕には、「京都で生まれた」と胸を張って言えるほど
京都での想い出も記憶もないかもしれない。
 
 
けれど、
 
 
  「都の魂が宿っている」
 
 
と、声、高らかに言える仕事を、僕はこれまでやってきたんだ。
 
 
 
これが、僕の誇り。
 
 
これが、僕に宿った、都の魂。
 
 
 
そのとき何か、ほんの少しだけ、安心できた気がした。