忘れられない言葉
いつからだろう。ふとした瞬間に、かつて誰からか耳にした言葉が蘇ってくるようになった。
これまで僕と関わったあらゆる人たちと交わした会話。その中で、何か「ひっかかるもの」を感じた言葉の数々——そのいずれも、耳にした瞬間には、何のことかよくわからなかったり、そのときの自分の考え方では決して受け入れられない、決して認められないと感じた内容だというのに、実はそれ以来ずっと、その言葉が自分の中に残ったままになっていることに気づかされることがある。時が経つにつれ、経験を重ねるにつれ、じわじわと、「あのとき、あの人がいっていたことは、こういうことだったのか!?」と感じられるようになっている自分がいるのだ。
今、尊敬する人物がかつて僕に語ったある言葉が、僕に何かを問いかけてきている。何かを考えさせようとしている。何かを決断させようとしている。
その言葉を耳にした瞬間、僕自身、相当な違和感を覚えて「自分にはそういう考え方はない」と思ったことを、今でもはっきりと記憶している。「きっと、すぐに忘れる内容の会話」。その程度の出来事のはずだった。にもかかわらず、今、僕はその言葉の真意を深く感じ取れるようになっている。
今の僕自身が、その言葉どおりに進むことは、この日常から目を逸らしたいだけの、単なる現実逃避を意味することなのかもしれない。そのための言い訳にしたいから、都合よく昔の記憶を参照して、その言葉に支配されたフリをしているのかもしれない。理由はよくわからない。いずれにしても、その言葉の意味を、もうずいぶん長い間、思い浮かべてはかみ締めるようになっているのは事実だ。
しかし、実際、そのように進んだとして、自分がどうなるのか? 「こうなるに違いない」という察しはついている。だからこそ、今日までもがき続けてきた。その反面、内心、そのように進んでみた方が、全ての問題を解決できるのではないか? そう考える自分もいる。その狭間での葛藤——本当に「ずいぶん長い間」の…。
だが、結論は、自ずと下されるであろう。これからも続く長い歩みの中で、そうした時間も必要に違いない。今はなるべく、そう思うようにしている。