a bitter smile
![]() | 人間というもの PHP文庫 (PHP文庫) 司馬 遼太郎 PHP研究所 2004-04-01 by G-Tools |
本文を読まずして…(苦笑)。
« 2007年10月 | メイン | 2007年12月 »
![]() | 人間というもの PHP文庫 (PHP文庫) 司馬 遼太郎 PHP研究所 2004-04-01 by G-Tools |
本文を読まずして…(苦笑)。
2007年10月24日に横浜にて上演されたアルカディ・ザイデス「DAAT」。
http://www.tvk-bb.tv/art-channel/artlog/2007/10/da_at.html
こちらのサイトで、本番の様子を記録したダイジェスト版が紹介されています。
各シーンごとにバランス良く取り上げてくださっているのが嬉しいですね。
これまでの感想紹介と合わせて是非、ご堪能ください。
【感想紹介】アルカディ・ザイデス「DA AT」(映像編)
【感想紹介】アルカディ・ザイデス「DA AT」(桃太朗?)
アルカディ・ザイデス「DA AT」アーカイブ
![]() | Sign 'O' the Times Prince Warner Bros. 1990-10-25 by G-Tools |
とあるショールームの環境音楽デザインを担当させていただいた(詳細は近くお知らせします)。
某日、現場でのミックスダウン作業を経て納品。
その夜、帰り道の運転席からふと眺めた観覧車の電灯は、
ちょうど、クロスの模様を映し出していた。
そのときステレオから聞こえていたのは、「The Cross」。
こういう偶然には、いつになっても心揺さぶられる。
必要とされる喜び。
喜んでもらえる嬉しさ。
それを改めて痛感した日。
僕が何を欲してきたのか?
僕が何を探しているのか?
すべてがようやく、わかったような気がした。
居場所は見つかる。
今はまだそれがどこか、わからないけれど。
![]() | Me-imi~Premium Edition~ 岡村靖幸 CORNELIUS 西田彩栞 UNIVERSAL SIGMA(P)(M) 2007-10-24 by G-Tools |
僕は、僕でしかない。
![]() | The Fragile Nine Inch Nails Nothing/Interscope 1999-09-21 by G-Tools |
The Fragile
Nine Inch Nails 「The Fragile」収録
この曲が響くようになったのは、ごく最近のこと。
より豊かに、より艶やかに…
もっと強く、もっと激しく…
僕が創作にかかるとき、いつも呪文のように唱えているこの言葉が思い出される。
I won't let you fall apart.
こういう表現の仕方しか、できないんだ。
![]() | Jordan: The Comeback Prefab Sprout Sony Budget 2001-02-12 by G-Tools |
どうしようのない、深い溜め息が漏れる。
果てしなく美しく…そして、儚い。
![]() | The Downward Spiral Nine Inch Nails Nothing 2004-11-23 by G-Tools |
このところの寒さのせいか…
いや、理由はそれだけじゃないだろう。
何もかもが暖かい場所に行きたい。
生まれて初めて、そんなことを思い浮かべた日。
Nine Inch Nails「The Downward Spiral」収録
激情の中にそっとそえられた、甘くて淡い…交錯する記憶の旅。
それはまるで、今の僕の内面を映す鏡のよう。
![]() | Passion Peter Gabriel Geffen Records 2002-05-07 by G-Tools |
passion
僕の全ては、この言葉に集約されている。
かつて、自分の作品タイトルにそっと忍ばせた言葉「LAST」といい、どうやら僕は、無意識のうちに、対照的な意味合いを持つ言葉を見つけては、それに自分の全てを懸けているようだ。
今年は、まさにこの言葉に象徴されるような出来事の連続だった。要するに、良きにつけ悪しきにつけ、僕にかかれば、何もかもがドラマチックになる…ということ。全てを受け止めている自分自身にとっては、そんな日常は、たまったものじゃないけれど。
優れたドラマには、波乱万丈の展開がある。そういう意味で考えると、僕の歩みは、超一流のドラマといえるだろう。
僕の物語は、まだ終わらない。
![]() | Earthling David Bowie Sony International 2005-01-04 by G-Tools |
この曲の存在をこれまで知らなかったなんて…。
大好きなNine Inch Nailsが手がけた仕事らしい仕上がり。サビしかないような曲だけれど、それこそロック!(某所で見られるライブ映像がこれまたイイ!)。先のアルカディ・ザイデスとのダンス公演の楽曲を手がけて以来、このところ、また激しいテイストの音楽を作りたくなっている。沸々と、熱い時代の記憶が再び沸きあがってきているようだ。
さてこの曲…ヴァージョン違いがいくつか収録されているEPは既に入手困難状態(10年も前の曲だから仕方ないか…)。なので、即刻、オリジナル版(アルバム「Eart Hl I Ng」収録)とあわせてダウンロード購入に踏み切る。けれど…やっぱり、盤が欲しい。
というわけで、まさかと思って、昨日、用事で出かけたついでにレコード屋に寄り道してbowieのコーナーを調べてみた。当然、お目当ての盤は見当たらなかったものの、同曲のオリジナル版が収録されているアルバムがデラックス仕様で二枚組みになったものを発見(盤を見つめながら「あぁ、bowieがドラムンベースやってたころのアルバムねぇ。そりゃ、見落とすわけだ」と、心の中で独り唱える)。たいていこういうのには、リミックスなどを収めたボーナスディスクが付いていているもの。どれどれ…リストをチェックしてみたら、欲しかったEPの収録曲のいくつかが収められている様子だ。うぅ~ん…昨日は辛抱したけれど…近いうちに買ってしまうに違いない。
さらに寄り道して、今度は楽器屋へ。久々に音楽系の雑誌を二冊購入。いずれも、その特集記事に発奮した! 青く若かったころに志していたことを思い出したよう。
それにしても、今日の用事を終えるのに、どれだけ手間取ったことか…。寝てない上に歩き倒して、ようやく用事を済ますと、すっかりあたりは暗くなっていた。そしてどうやら、昨日、東京には木枯らしが吹いたらしく、やたらと寒い! そのうち疲労も増強されはじめ、寂しさも募ってきた。寒さの中、徐々に意識も薄れはじめ…結局、最後の用事をこなすことはあきらめて家路へ。おかげで家に着くころには、すっかり風邪の前兆状態に突入してしまった。帰宅後、気絶するように眠るも、日付をまたいだころに目が覚める…。これ、予想通りの展開(苦笑)。そして今、頭痛が始まった(これは予想外)。
今日は予定を変更して、近く納品を行う予定の現場の下見しに行こうかと思うが…もう一眠りして、起きてからの体調次第で考えよう。寒気がしてきた。いつも以上に暖かくして眠ろう。
![]() | 対談集 日本人への遺言 (朝日文庫) 司馬 遼太郎 宮崎 駿 榎本 守恵 朝日新聞社 1999-01 by G-Tools |
誰かの予言。
今を見渡すと、
あながち
間違っていたとは言い切れないんじゃないかな。
いや、所詮、何も変わっていないだけか…。
このときこそ、皆、己に問うとき。
「自分は、どうなんだい?」
![]() | ニュー・シネマ・パラダイス オリジナル・サウンドトラック【完全盤】 サントラ エンニオ・モリコーネ ビクターエンタテインメント 2005-10-05 by G-Tools |
「モリコーネは、朝に作曲する。」
いつかどこかで、そんな記事を読んだことがある。
「あんな素敵なメロディが書けるのは、きっとそのせいに違いない。」
そう思って、これまで幾度となく、彼を見習って朝に起きて仕事をしようと試みたけれど、作曲する以前に、朝は全然、調子が上がらない。そんな自分に何度ため息をついたことか…。低血圧ってことじゃなく、ただ、夜型の暮らしが向いている…というだけのこと(苦笑)。結局、次の日には、昼夜逆転仕事人へ、また逆戻り…一日坊主…情けない。
思えば、明るいうちの午前中に仕事をした時間は、僕の人生でどれくらいあっただろうか? 僕にとっての「午前」といったら、たいてい、暗い時間帯のことを指す。明るいうちの午前中は、ほとんど寝ているから…。
今、進めている作業は、穏やかな優しいテイストを生み出す必要があるため、朝型生活を志してみたものの…やはり同じことの繰り返し…。
僕の場合、こうして切ないメロディばかりが生まれてくるのは、夜中に作曲しているからだろうか?
いや、待てよ。
実際に手を動かしているのは夜中だけれど、昼間の明るい時間帯には、頭の中で考えているから、朝に作曲していることに…なる???
だけど…。
この、東京にいながら、自主的に時差を生じさせての暮らし…
んっ?
おや?
もしかして、僕が仕事をしている時間帯は、イタリアでは、午前中!?
そうかっ!
僕は、モリコーネと同じ時間に作曲していることになるんだっ!
…と、どうしようもなく情けない、言い訳。
嗚呼。すっかり夜が明けて、日が差し込む時間になっているじゃないか…。
でも、今宵の作業は、だいぶはかどった様子。何かに駆り立てられるように、頭を手を動かした。…なんて、スイスイ作業が進んだように書いているが、その前の時間帯は、相当苦心していた。あまりにはかどらないから、もう、作業はおしまい…そう思って、夜、早い時間から眠ってしまったくらい(頭も痛いし、目もかすむ…仕事もはかどらないから気分も悪い。おまけにまた、食欲も低下している…楽しみは一つもない・苦笑)。
けれど、流石は長年、昼夜逆転仕事人を続けているだけに、日付をまたいだころ、勝手に目が覚めちゃって…。起きた後もしばらく調子は上がらなかったんだけれど、ふと、あることに気づいて手を動かし始めると…思案していた箇所をどうにか切り抜けることができた。おかげで今宵の成果は上々。昨日よりもだいぶマシな状態に近づいてきている。
しかし…この昼夜逆転生活は、体力的精神的な疲労が相当なもので…かなりの代償を払っている感じ。朝型の暮らしをしてみようと思ったのは、曲作りのためだけじゃ、なかったのだが…。夜中に独り起きていると、あれこれと、余計なことも考えてしまうし(苦笑)。
長年の習慣は、そう簡単にはぬぐえない。
それにしても、またもや、心が震える仕上がりになってきているような…。ここ数年、こういう作風が中心となってきているのは…自分では、その理由がはっきりわかる(苦笑)。
ふぅ。
とにかく今夜も、全力だった…。
こんな時間だけれど…。
そろそろ…
おやすみなさい。
去る2007年10月24日に行ったアルカディ・ザイデス「DAAT」についての感想紹介。
今回は、映像についてのことが少し触れられています。
http://sasazuka.livedoor.biz/archives/50758583.html
今回の映像を担当したのは、「PopulouSCAPE|ポピュラスケープ」」、「KOTOBUKI_PROMOTION」を手がけた、岡部友彦+福島慶介の名コンビ。そして、アルカディ本人(天井から吊り下げ下げられていたプロジェクターから投影されていたもの)。
アルカディ本人が作った映像は、横浜の街で気になったものを写真に収めて、それを加工しスライドショー化したもの。ダンサーといえども流石はアーティスト。「観る」視点が独特で、そのスライドショーだけでも立派な作品といえるほど、優れたセンスを発揮していました。
岡部+福島が手がけたメインとなる映像は、建築家である彼ららしく「都市」をテーマにしたもの。都市再生、都市解析を研究してきた視点から、横浜の街を様々な角度から切り取り、今回のパフォーマンスのコンセプトに沿ったストーリーを作り上げていました。
上記で紹介してくださっている感想にも触れられているとおり、今回の目玉は、魚眼レンズを用いたイメージでしょう。全てのものを丸く映し出す魚眼レンズ——ファインダーから望む都市の光景は、なんと不思議なことに、宇宙に浮かぶ惑星のように見えるのです。彼らがPopulouSCAPE|ポピュラスケープでみせた、フル3DCGの技法だけに頼らない、これぞまさしく「視点」の勝利といえましょう。
人口数や現存する航空網、インターネット網などのデータを視覚化した「PopulouSCAPE|ポピュラスケープ」は、都市解析の手法をアート表現へ応用した好例。その手法が、この「DA AT」でも遺憾なく発揮されています。
上記の魚眼レンズを用いた惑星を連想させる映像にオーバーラップしていた「星屑」のようなイメージは、横浜の主要駅を行き交う人の流れを視覚化したものなのです。
「人の営みを数値化し視覚化すると…それは、星空のイメージ=宇宙の営みと似ている。」
こんなロマンティックなメッセージが、この映像には込められていたのです(そのはず・笑)。実際の映像をお見せできないのがなんとも残念! どなたか、我々に機会を与えてください! 映像と音楽だけをつかったインスタレーションを作ってみたいくらいです!
また、冒頭の激しいノイズ音が交錯するシーンでは、テレビの砂嵐の画面を、ピクセル単位で「暴力的」に拡大縮小を繰り返し、音・ダンスと合わせて、近代都市が多種多様な要素で構築されている現実を表現しています。人が溢れ、ビルに囲まれ、音に埋もれて暮す都市生活人…。ノイズの中から浮かび上がる都市の風景、そして音の洪水の中から漏れ聞こえてくる現代人の営みを象徴する環境音…今回のパフォーマンスが待つテーマを、この冒頭のシーンで鑑賞者に投げかけます。
アダムとイブが暮したエデンと近代都市…ダンサー達が身体を使って表現するのは、対極ともいえるその二面性。それぞれがあるとき出逢い、もつれ合い、寄り添い、突き放し…長い時間を経ていきながら、そして調和へと向かっていく…しかしその結末は…。
ラストシーンでみた出演者の表情は、我々から見ても、とても印象的でした。この先の展開を予見させるような…期待したいところです。
さて次はどんな感想が発見できるか!?
楽しみにしています!
![]() | 家族ゲーム 松田優作 伊丹十三 由紀さおり パイオニアLDC 2001-08-24 by G-Tools |
この映画を観たのは、確か、僕が高校受験期に差し掛かっていたころだった。人生ではじめて、能力を試される瞬間…あのときの毎日の空気は、今でもよく思い出す。
この映画は、受験期に差し掛かった中学生とその家族の日常を綴ったもの。今振り返ると、ストーリーなんて、あるのかないのか、わからないような「不思議な映画」なのだが、当時の自分の境遇と重なってか、今でも鮮烈に記憶に残る映画のひとつとなっている。
日常の中の非日常
放課後…学校から帰宅したころの時間帯…夕日が僅かに差し込む部屋に独り…思春期のころに気づいた、あの、なんとも形容しがたい気持ちにさせる雰囲気が、今も僕の営みの全てを支配しているといってもいい。そんな心情を映し出したかのような空気感に満たされていること——それが、「家族ゲーム」が僕に強く印象を残した理由なのだろう。「日常の中の非日常」。ずいぶん大人になってから覚えたこんな言葉が似合う世界観が随所にちりばめられた点も、僕の興味を未だひきつけている。
空想の中の街
映画のシーンを見る限り、ロケ地はおそらく、東京の木場あたりだと予想されるが、木場を含めた東京湾岸エリアは、僕にとっても非常に思い出深い場所。ふと思い出しては、車を飛ばして一息つきにいったりすることが今でもよくあるくらい、大切な場所となっている(このエリアに特別な思いを寄せてしまう理由のひとつは「家族ゲーム」にあるかもしれない)。ここ最近は、仕事でも幾度か通っていて、打ち合わせへ向かう道中には、お台場エリアをつなぐ交通システム・ゆりかもめから望む木場周辺の景色を眺めては、「家族ゲーム」で観たシーンのことや思春期当時のことを思い出しながら、これまでのこと…それから、これから先のことをぼんやり考えたりする時間を楽しんでいる。きっとまた、このエリアに縁深くなりそうな…そんな予感が今、ほんの少しだけ芽生えてきている。
いつか時間をみつけて、本当のロケ現場を見てみたいんだけれど…ネットで検索しても、明確な答えはでてこず…。映画のエンドクレジットにも、ロケを行ったと思われる学校名は記載されていなかったし、なかなか難しいそう。でも、あの街に迷い込むのは、もっと先のお楽しみにとっておきたい気持ちもある。本当にあるんだろうけれど、もしかしたら、実は存在しない「空想の中の街」——日常の中の非日常——そんな気も、実はちょっとだけしていたりするから。迷い込むなら、きっともう少し先がいい。
ビルと音に埋め尽くされる街
今を生きる身として、本編で印象的だったのは、今は開発が進んですっかり「ビルの壁」で覆われてしまった汐留エリアの光景(背景として僅かに登場するだけ)。それから、音楽が使われていないこと(もちろん、これは随分後になって見返して気が付いた)。けれどその代わり、生活音を含めた「音」に関して、演技の演出も含めて非常に注意を払って仕上げられている点には驚かされる。あえて「音楽」を使わず、日常的に聞こえる「音」を象徴的に扱ったのは、ビルだけじゃなく、音でも埋め尽くされていく現在の東京の様子を、あの当時から危惧していたのか? そんなありもしない想像をめぐらせたりできるなんて…あれからだいぶ、僕の時間が経ってしまったことを痛感する。
音に音を重ねて大切なことを塗りつぶしている現在の都心部…携帯端末の普及のおかげで、今では我々一人一人がその悪循環に貢献している状況だ。こんな音環境に困っている人たちは、本当は大勢いるはず(携帯電話の通話マナーについてあれこれ言われるのはそうした背景の表れだろう)。
今、進めている仕事は、直接この音環境の是正に訴えかけるものではないけれど、身の回りの音に、もっと注意を払ってみたくさせる…そのきっかけになれば、と思って取り組んでいる(発表できる段階になったらお知らせします)。
「音を利く」嗜み
僕は常々、思う。身の回りの音にもっと耳を傾けてみると、優しい世の中になるんじゃないか? と…。それはなぜか? 周囲の気配が変わったことをいち早く察知するのは、耳や肌から感じ取る情報だと思うから。その変化は、空気の振動であり、つまりは「音」。健常である以上、「無音」の空間は存在しないのに、人は、都合の悪い音(言葉も含める)は、「聞こえない」ものとして扱えてしまう。そうした機能が都合よく働くときもあれば、そうじゃないケースがあるのも然り。今では、後者の方が増えているんじゃないだろうか?
そもそも日本には、獅子脅しや水琴窟…もっと身近な例では、風鈴といった「音具」に親しみ、移ろう音に情景を思い浮かべたり、季節や時の流れを感じたりする文化が備わっている。香の世界で「香りを利く」というけれど、古来日本人は、「音を利く」嗜みがあった。それが今では…どうだろう?
ここで一つ思い出したが、先に、イスラエルのダンサー、アルカディ・ザイデスとのコラボレーションに取り組んだ際、打合せの席で印象的な会話があった。それは、まさに僕が今、感じていることと同じことを彼が口にしていたこと。
「あちこちから刺激のある音が聞こえてきてうるさい」
それをきいて、このコラボレーションが上手く行くことを僕はその場で確信したのだが、同時に、僕を取り巻く音環境が、やはり特殊なものである現実を知り、ショックでもあった。海外を渡り歩き、多数公演をこなしてきている彼がいうんだから、日本の首都圏、都市圏の音環境は、奇妙なのだろう。でも、結局のところ、例えばそれが「東京」の特徴でもあるわけだし、これが我々が望んで構築した「日常」とも言える。僕にとっては「…」。こんな感じだけれど…。
「おもてなしの心」を育む
しかし、こんな音環境の中でも、今より少しでも周囲の状況に気を配れるようになったとしたら、きっと、望む方向に改善されていく。そのとき、個々人それぞれに、注意力が増していくに違いない。そうしたら、観察力や洞察力、それからもしかすると、審美眼も育まれていく気がしてならない(僕の場合はまさにそうで、「音」に注目してきたおかげで、いろんな能力が備えられた)。さらに付け加えれば、それは、気配りやおもてなしの心にも通じていくはず…僕は、本気でそう信じている。
こうした「身の回りの音」に対する配慮の再考のきっかけとして、「家族ゲーム」は親切な題材と言えそうだ。80年代初頭の雰囲気も楽しめるし、俳優としての伊丹十三もハードボイルドじゃない松田優作も味わえる。それから…母親役の由紀さおりが、なんともいい味わいを醸し出している点にも注目したい。今更ながら、彼女の女優としての活動を追ってみたくなった。…と、エンターテインメントとしても立派に成立していて色々と楽しめること必至の秀作。未見の方は是非、この機会に堪能してみてはいかがだろうか? そして、現在の、さらには未来の音環境について、想像を巡らせてもらいたい。
以下、Wikipediaリンク
ネット上から拾い上げた感想を紹介。
2007年10月24日。横浜にて、たった一晩、一度限りの公演となった、アルカディ・ザイデス「DA AT」。
http://www.kawasekohske.info/DAAT/
みんなの努力の成果が、伝わって、よかった。
http://blog.livedoor.jp/julyasu/archives/51195820.html
「桃太朗」か「7人の侍」か?
この感想を読んで改めて思うと、
今回のコラボレーターの召集の仕方は、
「桃太朗」っぽいところがあったみたい(笑)。
終演後のポストトークでも触れられていたとおり、
最初に何となく決まっていたのは、
「アルカディが横浜にレジデンスして何かやる」
「石橋さんがドラマトゥルクとして参加する」
といった程度だったらしい。
出演ダンサーとの出逢い方も、伺ってみれば、それぞれで…。
まさに「運命の出逢い」ともいえるような流れで、
お二人ともアルカディに出会っているような感じだった。
そして、僕もまさに同じく…
友人である建築家・岡部友彦がいなければ、僕とアルカディ達との出逢いは、生まれなかった。彼が横浜・寿町の再生プロジェクトを立ち上げて、横浜をベースに活動しネットワークを広げてくれていたお陰。本当にありがたい。
さらに不思議な巡り合わせだと感じたのは、少し前の日記にも書いたとおり、本来、僕はこの期間、別の仕事をしているはずだったこと。
終わってみれば、もう、この現場に引き寄せられた…
そうとしか思えない出逢いだった。
そして今、さらによくよくメンバー構成を振り返ると…
1 アルカディ・ザイデス 【振付・演出・出演】
2 石橋源士 【ドラマトゥルク】
3 岩渕貞太 【出演】
4 福留麻里 【出演】
5 岡部友彦 【映像】
6 福島慶介 【映像】
7 川瀬浩介 【音楽】
「7人の侍」っぽい。
どうりで…こりゃ、どうしたって、ドラマチックな内容に仕上がりますね(笑)。
どの要素がひとつ欠けただけでも幕は開かない
もちろん、このほかに、プロデューサー、舞台監督、照明スタッフ…身の回りの世話をしてくれた制作スタッフ達…会場のスタッフの皆さん…そして、スポンサーの皆さん…どの要素がひとつ欠けただけでも幕は開かないし、成功も収められない。全ての努力が実った成果がここにある。
…と、こんな具合に、いつもいつも、無事本番を終えて現場を離れると、そんな当たり前のことを痛感する。
重ねて御礼を言います。みなさん、どうもありがとうございます。
それから、感想を綴ってくださった方にも感謝します。こうした言葉の一つ一つが、我々の励みになります。どうぞこれからも、ごひいきに(笑)。
「作品になってしまった」
終演後のポストトークで、プロデューサーの口から思わずついて出た
「作品になってしまった(笑)」
という冗談(笑)。
そう、冷静に考えたら、この僅かな準備期間で、
それを感じさせない仕上がり=作品になったのは、
きっと関係者の誰もを驚かせたに違いない。
そのために、僕はここへ呼び寄せられた…
見えない大きな力から…
今はそう思っている。
でも僕は、絶対にいいものに仕上げるつもりでいたけどね。
なにせ、全力主義者ですから(笑)。
結果を残せなければ、僕にとっては意味がないのです(笑)。
次なる企てのためのエンディング曲
さて、思い出に浸るのはこの辺にして、そろそろ次の作業のテンポを上げていかないと…。仕事のたびにどんなスタイルをとろうとも、僕の気持ちはいつも同じなんだけれど、流石に今回は、あまりに違ったテイストに移行するので、チャンネルの切り替えが難しい。
でも、アルカディとの仕事に次いで、今の作業に入ることは事前にわかっていたから、ちゃんと、アルカディのための楽曲も、次の仕事のための作業に気持ちが繋げられるように、最後のシーンは、穏やかなテイストに落着かせていたのである…なんて(笑)。
これはもちろん、たまたま。アルカディからのリクエストがちょうどあんな雰囲気の曲だったというだけ。それに自分なりのテイストを加えて仕上げてみた…という感じ。
だけど、あまりの偶然にびっくりしたのは、アルカディのための作業に入る少し前に、エンディングに関して彼からリクエストされた雰囲気の曲と似たようなテイストの曲を自分で作っていたこと。だからこそ、その手法や仕上げ方についても迷うことなく作業が進み、その後の進行をスムースにすることができたというわけ。これも、まさに何かのお導きのような…そんな気がしてならなかった。
年内に音源を公開
…と、文字だけで書いても、何のことか、わからないね?(苦笑) 色々な業務が落ちつたころ、全曲、ネットで公開予定! 今しばらくお待ちください!
また、夏に取り組んでいた、ひびのこづえさんのパフォーマンスの曲もあわせて公開予定です。たぶん…年内にはなんとか、公開できたらと考えています。
色々、お楽しみに!
![]() | ドビュッシー:ピアノ作品全集第1集 アース(モニク) ドビュッシー ワーナーミュージック・ジャパン 2001-07-25 by G-Tools |
良くも悪くも、僕の人生は、波乱万丈。
喜怒哀楽に満ち溢れた、ドラマチックな物語に仕立てられているようだ。
さて、次はどんなドラマが待ち受けているのか?
どんなことが起きても、もうだいぶ、驚かなくなっているからさ。
もっと僕をビックリさせておくれよ(苦笑)。
ごく僅かな時間でも、穏やかな気持ちでいたい…今は、そう願っている。
こんな夜には…ドビュッシーのピアノ曲が聴きたくなる。
この前、テレビから聞こえてきた「月の光」(「ベルガマスク組曲」第3曲)。
聞こえたのは、冒頭の僅かな旋律だけだったけれど、それが、僕の心を、激しく揺さぶった。
今夜はそれを聞きながら、空想の旅に出かけよう。
そして夜が明けたら、今度は自らの調べを奏でるとき。
いつだってそうさ。
その瞬間だけが、穏やかさを超えたところにいけるんだ。
無へ近づける、ただ唯一の時間。
それが、今の僕にとっての「至福のとき」。
ここ数年の間に、
昔から取り組んでみたかった分野の仕事に、次々関わらせてもらっている。
今の仕事もまさにそう。
本当にありがたい。
機会を与えてもらっている喜びをかみしめながら、
一音一音、丹念に紡ぎだしていこう。
みんなに喜んでもらえるように。
きっと、次のドラマは、「穏やかさ」と「優しさ」に満ちたものになるのさ。
えっ? なぜって?
だって、僕の人生の脚本は、この僕自身が書いているんだから(笑)。
「月の光」。
この曲に、参照する記憶は何もないのに…
今、いたく心に響くのはなぜだろう?
きっといつか、ふとした出来事が、
今夜のことを、今夜の気持ちのわけを、僕にわからせてくれるに違いない。
そのとき、僕がどんなドラマを演じているのか?
それはもちろん…今はまだ、ナイショ(笑)。
いつもいつも、夢の中にいるよう。
けれど、どこにいても、どうしていても、
それもまた、現実。
週末——。今、抱えている仕事の構想を頭の中で考えながら、空いた時間は、これから先のことについて、思索にふける。休日ともなれば、物音ひとつしないこの辺りの環境が手伝って、とにかく静かな一日。テレビもつけることもなく、音楽を聴くこともなく…気づけばもうこんな時間だ(午前5時)。
数年前から考えている作品がある。コンセプトはかなり明確になっているのだが、それをどうやって、いかにスムースに仕上げるか? その手法についてずっと検討中のまま。そして、形にするだけではなくて、その先にどうやって展開していくのか? そんなことをずっと考えている間に、時ばかりが過ぎてしまった。今日は改めて、そのための具体的な方向性も含めてネットであれこれ調べ物。その過程で、新しい道具も試してみたりしたけれど、どうも今ひとつピンとこない。可能性は感じるけれど…これは、僕の仕事じゃない——いつかも思ったとおり。
結論としては、数年前にこの作品を着想した瞬間に思いついた方法で組み上げていくのがベストのようだ。自分が望む質を出すためには、どうしても、膨大な手作業が必要になるらしい。そもそも、音楽を形にするのだってそう。作曲から演奏、ミックスに至るまで…形を成した音楽は、まさに膨大な手作業の集積だ。
僕の場合、作品の着想や構築の仕方が、どうしても音楽からの発想になってしまうから、何事も手間がかかる方法を選びがち。どんなことも、一つ一つ丁寧にやっていくほかない。でも、だからこそ、そこに独自性が生まれるのだろうけれど…。音楽家だからこそできる表現があるはずだから。
そしてまた、やはり僕が音楽家だからなのか? 合理的過ぎるものは、どうも興味が沸かないらしい。音を奏でるための楽器なんて、とことん、非合理の塊のようなもの。まともに演奏できるようになるためには、どれだけ人の側が楽器に合わせて身体をコントロールしているか? 練習しすぎて爪が割れたり指の皮が破れたり、たはまた腱鞘炎になったり…その様子ときたら、ある種、スポコン、またはSM的とも言える。
それに引き換え、世の中に溢れる合理的なツールの数々…食事にたとえれば、コンビニ食といったところか? すなわち、それだけでも空腹を満たすという目的には十分に事足りるけれど、魅力に欠ける。何か大切なものが決定的に足りていない…そんな感じの…。
つまり何事も、少々手の焼けるくらいの方が面白いということ。そして、道具はどれでも、使いようだということ——いわずもがな。
この先の問題は、作品作りのための時間をどう確保するか? この資本主義社会の中では、時間を確保するためには、先立つものが必要となる——時は金なり。それが…僕にとっては、一番難しい問題(苦笑)。
そして、今の僕が最も重要視しているもの。それは、気持ちの問題。自分のやりたいことを実現するための技術は、今の段階でも、ある程度は整ってきた(まだまだ満足できるレベルじゃないけれど)。その上で肝心になるのが「気持ち」。昔、あるブルーズ・ギタリストが「気持ちで弾くんだ」といっていたことが、今になって少しわかるような気がしている。理屈ばかりこねていた青いころは、そんなこと、これっぽっちも理解できなかったのに…。
そんな…夢の中での独り言。
このところ、床に就くと、あれこれいろんなことが頭をよぎってなかなか寝付けない。真っ白な画面に言葉が層を成して積み重なって真っ黒になっていくような…そんなイメージのごとく、膨大な思考が襲い掛かってくる。そして、それらに踏みつけられて押しつぶされて…なかば気絶するように眠りに落ちる…。起きたら当然、その瞬間からぐったり…こんな時間まであれこれ考えているからいけなんだ(苦笑)。生活態度を改めようにも、それが簡単にできるような質なら、これまで生み出してきたような作品が創れたはずもなかったろうし…という、これは完全に、都合のいい言い訳。
とにかく、経過はどうあれ、結果を残すこと。それが、僕に課せられた最大の責務。自分の欲求と、求められることの喜びを、バランスよく整える。僕にとってそれは当たり前のことなんだけれど…いつだって、当たり前のことを当たり前のようにやることは…ね(苦笑)。
今夜もまた、頭が沸きすぎたよう。
でもきっと、こうした時間が肥やしになるに違いない。
未だ見えぬ、明日のために。
もう朝だ。
そろそろ眠ろう。
それにしても…。
「未来」とは、上手く書いたものだな。
新しいことなんて、何一つ必要じゃない。
僕がやろうとしていることは、そういうことじゃない。
偉大なる先人達のあとを継ぐものとして…
そして、創り手の一人として、出来上がったものが、
これまでのものと、ほんの少しでも違った側面を持っていたいとは思う。
けれど、僕はただ、新しいものを追求しているわけじゃない。
そんな風に、考えていた「青い時代」もあった。
でも、それはずいぶん昔のこと。
大切なのは、そんなことじゃない。
そんな当たり前のことに、ようやく気づいたのは…
すっかり大人になってからだった。
たとえば、僕の素直な気持ちをあなたに伝えようとするとき、
どんな工夫や演出や手法が必要だろうか?
そんなものは、何もいらない。
ただ思ったまま、感じているままのことを、
純真な気持ちで、そのまま伝えること。
それが、僕にとっての、大切なこと。
独りこの道を歩み始めてからの仕事はどれも、
そんな、僕にとっての「大切なこと」を守り通してきた成果だ。
時代の潮流やジャンル、コミュニティ、シーン、ニーズにあわせようなんてことは、
いつだってまったく頭にない。
唯一あるのは、
「どうしたら、みんな喜んでくれるかな?」
それくらい。
そのために、純真な気持ちで、精一杯、全力で取り組む。
それが僕にできる、ただひとつの誠意を示す方法だから。
こんな思いが、一人でも多くの人に伝われば嬉しいけれど…
それはまた、別の話し。