夢の中の独り言。
いつもいつも、夢の中にいるよう。
けれど、どこにいても、どうしていても、
それもまた、現実。
週末——。今、抱えている仕事の構想を頭の中で考えながら、空いた時間は、これから先のことについて、思索にふける。休日ともなれば、物音ひとつしないこの辺りの環境が手伝って、とにかく静かな一日。テレビもつけることもなく、音楽を聴くこともなく…気づけばもうこんな時間だ(午前5時)。
数年前から考えている作品がある。コンセプトはかなり明確になっているのだが、それをどうやって、いかにスムースに仕上げるか? その手法についてずっと検討中のまま。そして、形にするだけではなくて、その先にどうやって展開していくのか? そんなことをずっと考えている間に、時ばかりが過ぎてしまった。今日は改めて、そのための具体的な方向性も含めてネットであれこれ調べ物。その過程で、新しい道具も試してみたりしたけれど、どうも今ひとつピンとこない。可能性は感じるけれど…これは、僕の仕事じゃない——いつかも思ったとおり。
結論としては、数年前にこの作品を着想した瞬間に思いついた方法で組み上げていくのがベストのようだ。自分が望む質を出すためには、どうしても、膨大な手作業が必要になるらしい。そもそも、音楽を形にするのだってそう。作曲から演奏、ミックスに至るまで…形を成した音楽は、まさに膨大な手作業の集積だ。
僕の場合、作品の着想や構築の仕方が、どうしても音楽からの発想になってしまうから、何事も手間がかかる方法を選びがち。どんなことも、一つ一つ丁寧にやっていくほかない。でも、だからこそ、そこに独自性が生まれるのだろうけれど…。音楽家だからこそできる表現があるはずだから。
そしてまた、やはり僕が音楽家だからなのか? 合理的過ぎるものは、どうも興味が沸かないらしい。音を奏でるための楽器なんて、とことん、非合理の塊のようなもの。まともに演奏できるようになるためには、どれだけ人の側が楽器に合わせて身体をコントロールしているか? 練習しすぎて爪が割れたり指の皮が破れたり、たはまた腱鞘炎になったり…その様子ときたら、ある種、スポコン、またはSM的とも言える。
それに引き換え、世の中に溢れる合理的なツールの数々…食事にたとえれば、コンビニ食といったところか? すなわち、それだけでも空腹を満たすという目的には十分に事足りるけれど、魅力に欠ける。何か大切なものが決定的に足りていない…そんな感じの…。
つまり何事も、少々手の焼けるくらいの方が面白いということ。そして、道具はどれでも、使いようだということ——いわずもがな。
この先の問題は、作品作りのための時間をどう確保するか? この資本主義社会の中では、時間を確保するためには、先立つものが必要となる——時は金なり。それが…僕にとっては、一番難しい問題(苦笑)。
そして、今の僕が最も重要視しているもの。それは、気持ちの問題。自分のやりたいことを実現するための技術は、今の段階でも、ある程度は整ってきた(まだまだ満足できるレベルじゃないけれど)。その上で肝心になるのが「気持ち」。昔、あるブルーズ・ギタリストが「気持ちで弾くんだ」といっていたことが、今になって少しわかるような気がしている。理屈ばかりこねていた青いころは、そんなこと、これっぽっちも理解できなかったのに…。
そんな…夢の中での独り言。
このところ、床に就くと、あれこれいろんなことが頭をよぎってなかなか寝付けない。真っ白な画面に言葉が層を成して積み重なって真っ黒になっていくような…そんなイメージのごとく、膨大な思考が襲い掛かってくる。そして、それらに踏みつけられて押しつぶされて…なかば気絶するように眠りに落ちる…。起きたら当然、その瞬間からぐったり…こんな時間まであれこれ考えているからいけなんだ(苦笑)。生活態度を改めようにも、それが簡単にできるような質なら、これまで生み出してきたような作品が創れたはずもなかったろうし…という、これは完全に、都合のいい言い訳。
とにかく、経過はどうあれ、結果を残すこと。それが、僕に課せられた最大の責務。自分の欲求と、求められることの喜びを、バランスよく整える。僕にとってそれは当たり前のことなんだけれど…いつだって、当たり前のことを当たり前のようにやることは…ね(苦笑)。
今夜もまた、頭が沸きすぎたよう。
でもきっと、こうした時間が肥やしになるに違いない。
未だ見えぬ、明日のために。
もう朝だ。
そろそろ眠ろう。
それにしても…。
「未来」とは、上手く書いたものだな。