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【音の考察】映画「家族ゲーム」

B00005MIH3家族ゲーム
松田優作 伊丹十三 由紀さおり
パイオニアLDC 2001-08-24

by G-Tools
 

この映画を観たのは、確か、僕が高校受験期に差し掛かっていたころだった。人生ではじめて、能力を試される瞬間…あのときの毎日の空気は、今でもよく思い出す。

この映画は、受験期に差し掛かった中学生とその家族の日常を綴ったもの。今振り返ると、ストーリーなんて、あるのかないのか、わからないような「不思議な映画」なのだが、当時の自分の境遇と重なってか、今でも鮮烈に記憶に残る映画のひとつとなっている。
 
 

 
日常の中の非日常

放課後…学校から帰宅したころの時間帯…夕日が僅かに差し込む部屋に独り…思春期のころに気づいた、あの、なんとも形容しがたい気持ちにさせる雰囲気が、今も僕の営みの全てを支配しているといってもいい。そんな心情を映し出したかのような空気感に満たされていること——それが、「家族ゲーム」が僕に強く印象を残した理由なのだろう。「日常の中の非日常」。ずいぶん大人になってから覚えたこんな言葉が似合う世界観が随所にちりばめられた点も、僕の興味を未だひきつけている。
 
 
空想の中の街

映画のシーンを見る限り、ロケ地はおそらく、東京の木場あたりだと予想されるが、木場を含めた東京湾岸エリアは、僕にとっても非常に思い出深い場所。ふと思い出しては、車を飛ばして一息つきにいったりすることが今でもよくあるくらい、大切な場所となっている(このエリアに特別な思いを寄せてしまう理由のひとつは「家族ゲーム」にあるかもしれない)。ここ最近は、仕事でも幾度か通っていて、打ち合わせへ向かう道中には、お台場エリアをつなぐ交通システム・ゆりかもめから望む木場周辺の景色を眺めては、「家族ゲーム」で観たシーンのことや思春期当時のことを思い出しながら、これまでのこと…それから、これから先のことをぼんやり考えたりする時間を楽しんでいる。きっとまた、このエリアに縁深くなりそうな…そんな予感が今、ほんの少しだけ芽生えてきている。

いつか時間をみつけて、本当のロケ現場を見てみたいんだけれど…ネットで検索しても、明確な答えはでてこず…。映画のエンドクレジットにも、ロケを行ったと思われる学校名は記載されていなかったし、なかなか難しいそう。でも、あの街に迷い込むのは、もっと先のお楽しみにとっておきたい気持ちもある。本当にあるんだろうけれど、もしかしたら、実は存在しない「空想の中の街」——日常の中の非日常——そんな気も、実はちょっとだけしていたりするから。迷い込むなら、きっともう少し先がいい。
 
 
ビルと音に埋め尽くされる街

今を生きる身として、本編で印象的だったのは、今は開発が進んですっかり「ビルの壁」で覆われてしまった汐留エリアの光景(背景として僅かに登場するだけ)。それから、音楽が使われていないこと(もちろん、これは随分後になって見返して気が付いた)。けれどその代わり、生活音を含めた「音」に関して、演技の演出も含めて非常に注意を払って仕上げられている点には驚かされる。あえて「音楽」を使わず、日常的に聞こえる「音」を象徴的に扱ったのは、ビルだけじゃなく、音でも埋め尽くされていく現在の東京の様子を、あの当時から危惧していたのか? そんなありもしない想像をめぐらせたりできるなんて…あれからだいぶ、僕の時間が経ってしまったことを痛感する。
 
 
音に音を重ねて大切なことを塗りつぶしている現在の都心部…携帯端末の普及のおかげで、今では我々一人一人がその悪循環に貢献している状況だ。こんな音環境に困っている人たちは、本当は大勢いるはず(携帯電話の通話マナーについてあれこれ言われるのはそうした背景の表れだろう)。

今、進めている仕事は、直接この音環境の是正に訴えかけるものではないけれど、身の回りの音に、もっと注意を払ってみたくさせる…そのきっかけになれば、と思って取り組んでいる(発表できる段階になったらお知らせします)。
 
 
「音を利く」嗜み

僕は常々、思う。身の回りの音にもっと耳を傾けてみると、優しい世の中になるんじゃないか? と…。それはなぜか? 周囲の気配が変わったことをいち早く察知するのは、耳や肌から感じ取る情報だと思うから。その変化は、空気の振動であり、つまりは「音」。健常である以上、「無音」の空間は存在しないのに、人は、都合の悪い音(言葉も含める)は、「聞こえない」ものとして扱えてしまう。そうした機能が都合よく働くときもあれば、そうじゃないケースがあるのも然り。今では、後者の方が増えているんじゃないだろうか?

そもそも日本には、獅子脅しや水琴窟…もっと身近な例では、風鈴といった「音具」に親しみ、移ろう音に情景を思い浮かべたり、季節や時の流れを感じたりする文化が備わっている。香の世界で「香りを利く」というけれど、古来日本人は、「音を利く」嗜みがあった。それが今では…どうだろう?
 
 
ここで一つ思い出したが、先に、イスラエルのダンサー、アルカディ・ザイデスとのコラボレーションに取り組んだ際、打合せの席で印象的な会話があった。それは、まさに僕が今、感じていることと同じことを彼が口にしていたこと。
 
 
「あちこちから刺激のある音が聞こえてきてうるさい」
 
 
それをきいて、このコラボレーションが上手く行くことを僕はその場で確信したのだが、同時に、僕を取り巻く音環境が、やはり特殊なものである現実を知り、ショックでもあった。海外を渡り歩き、多数公演をこなしてきている彼がいうんだから、日本の首都圏、都市圏の音環境は、奇妙なのだろう。でも、結局のところ、例えばそれが「東京」の特徴でもあるわけだし、これが我々が望んで構築した「日常」とも言える。僕にとっては「…」。こんな感じだけれど…。
 
 
「おもてなしの心」を育む

しかし、こんな音環境の中でも、今より少しでも周囲の状況に気を配れるようになったとしたら、きっと、望む方向に改善されていく。そのとき、個々人それぞれに、注意力が増していくに違いない。そうしたら、観察力や洞察力、それからもしかすると、審美眼も育まれていく気がしてならない(僕の場合はまさにそうで、「音」に注目してきたおかげで、いろんな能力が備えられた)。さらに付け加えれば、それは、気配りやおもてなしの心にも通じていくはず…僕は、本気でそう信じている。
 
 
こうした「身の回りの音」に対する配慮の再考のきっかけとして、「家族ゲーム」は親切な題材と言えそうだ。80年代初頭の雰囲気も楽しめるし、俳優としての伊丹十三もハードボイルドじゃない松田優作も味わえる。それから…母親役の由紀さおりが、なんともいい味わいを醸し出している点にも注目したい。今更ながら、彼女の女優としての活動を追ってみたくなった。…と、エンターテインメントとしても立派に成立していて色々と楽しめること必至の秀作。未見の方は是非、この機会に堪能してみてはいかがだろうか? そして、現在の、さらには未来の音環境について、想像を巡らせてもらいたい。
 
 
以下、Wikipediaリンク

家族ゲーム

日本アートシアターギルド(ATG)