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2008年04月30日

ツツジ満開

街路樹の植え込みが、赤やピンクに染まっている。


音楽を一部担当しているNHK教育「からだであそぼ」のMA(映像に音声を貼付ける作業)は、都内某所のスタジオで行なわれている。そのスタジオは、僕が育った街にある。ちっぽけな偶然の巡り合わせ——そんな些細な出来事にでさえ、ロマン派を気取る僕の心は独りそっと踊っていた。

5月の2週目から放送される予定のVTRの仕上げに向かった日、スタジオの最寄り駅を下りると、目の前に、満開のツツジが広がっていた。
 
 

 
僕が青春期を過ごしたこの街を離れて20年ほど経つ。駅の様子は昔とさして変わらず、エスカレーターを登るとき、改札を出るときに呼び覚まされる当時の記憶は、今も驚くほど鮮明に僕の中に刻まれている。

春先から2週に一度、この街での作業を行っている。その2週間というインターバルが、再び戻ってきたこの街の印象をいつまでも新鮮に保ってくれているようだ。2週毎にここへ訪れるたび、20年前の記憶が新鮮に蘇ってくるだ。2週間前の記憶ではなく、20年前の記憶として。不思議だ。

駅前の様子は、当時とはかなり様子が変わっている。狭かった歩道は区画整理が進んで見晴らしがよくなっている。そうしてできた広いスペースは、かなり大きな街路樹の植え込みになっていた。確かここには、喫茶店やコインランドリーがあったような気がするけれど…。

ツツジ。そう。僕が暮らした家のそばにも、鮮やかなツツジがあった。子供の頃は、友達と集まってはそのツツジを採取して解体。ほのかに蜜の甘さを覚える弁の部分を口にくわえて遊んだ。蜜はあまりにも微量で、青い味ばかりだったけど。


それから二十余年。つぼみはそろそろ花を咲かせ始めるのだろうか?


●進捗報告
今週から、「踊る内臓」(森山開次)は「胆嚢」が登場。今月のこのコーナーは、先月以上に「濃い」内容になる予定。既に6月放送予定分まで完成済み。どうぞお楽しみに!
 

2008年04月24日

汗だく

暖かくなった。


ただいま、NHK教育「からだであそぼ」で放送中の「踊る内臓」(森山開次)、新作を制作中。いつものように、アトリエに独りこもって黙々と——いや実際は、歓喜と苦悩の狭間で絶叫と悶絶を繰り返しながら——録音に励んでいる。
 
 

 
南西に位置するこの部屋は、日中、穏やかな陽光がたっぷり差し込むものの、意外に寒い。コンクリートの床材の影響もあるのだろう。冬場などは暖房を効かせていても底冷えするから、対策が必要になる。この冬も、足下にはホットカーペットを設け、膝掛けも2枚重ね、そして上着は、フリース2枚重ね…ここまで整えてほどよいくらい。こんな無駄にデカい身体をしていながら、けっこう寒がりの様子。これを人に言うと、たいてい失笑を喰らう。

春は、気候の変化が激しい。つい油断していると風邪を引いたりするから、いまもけっこうな厚着を続けている。お陰で今日は気づけば汗だく。録音中は、したたる汗など気にせず、とにかく音を録ることに集中している。歌も楽器の演奏も録音も整音も、すべて独りでこなしているから大忙し(でもそれが楽しい)。だから、汗だく。これ、かなりいいダイエットになるかも? なんて間抜けなことを思い浮かべながら、作業の合間にチョコレートをほおばり一息ついたりしている(ダイエット効果、即、相殺)。


でも、このところ、かなり追い込んだ作業をしすぎて、日中はダウンしていることが多く…。連休にはたっぷり休めるんだから(実際は違いそうだが)——この言葉を自ら呪文のように唱えて薄れゆく気力を振り絞る毎日。たいてい、やる気が湧いてくるのが夕食後から(腹ペコでは戦はできぬか?)。それが最高潮に達するのは、もちろん深夜——それがいけない(規則正しい暮らしができるものはこの仕事を志さない?)。この調子じゃ、作業を終えるのは当然、朝になる。最近では、朝に作業を終えてから「からだであそぼ」のOAをみて就寝。夕方起きるとその再放送を見届ける、という、なんとも素敵な暮らしをしている。日中、ヨレヨレになっているのもこんな暮らしなら当然か? しかし、作り手としては、これ、究極の至福の瞬間? かもしれない。そんなことを思いつつ、日の高い時間から夢見心地へ…ウトウト(たいてい喜ばしくない夢をみる。でも内容はすぐに忘れる)。


さて、朝までに完成…するだろうか?(遠い目) そろそろこうした気晴らしはおしまいにしなくては…。〆切は刻々と迫ってくる。

この大量の汗が、冷や汗に変わる前に片付けたい。
 

2008年04月21日

Not Enough

B0009XE9TQバランス
ヴァン・ヘイレン エドワード・バンヘイレン アレックス・バンヘイレン
ワーナーミュージック・ジャパン 2005-08-24

by G-Tools


最寄りの駅のホームからの眺めが好きだ。
数年前に高架化されてから、見晴らしがよくなった。西の空がとにかく広く見えるのがいい。午後に出かけることの多い僕は、我が家から西に位置するその駅へ向かう途中も、西の空に浮かぶ光の主をずっと追っている。いつからそうしているのだろう? ここへきてから、ずっとかもしれない。

この駅では、いつもホームの一番先までいって乗車する。下車予定の駅の改札口の都合などは考えない。とにかく空が見たいから、一番先までいく。電車の待ち時間は、この場所でただただ、ぼーっと空の様子を眺めている。

今日のBGMは、Van Halen「Not Enough」。サミー・ヘイガーが切々と滔々と歌い上げるこのバラードが今日の空模様と同調して、僕の心情を激しく共振させた。
 
 

 
いつまでこうしているんだろう?


なかなか仕事が捗らない。日常の些細な出来事に影響されて、何も手につかなくなる日がよくある。そんな質だということはもう、情けなくなるくらいよくわかっているから、その程度のことで仕事や生活に影響がでないように、と、自ら工夫している。最近じゃ、なるべくニュースはみない、無闇にネット検索しない、とか…とにかく、外的な要素から無駄な影響を受けないように、いろんな禁則を自ら設けて気持ちがほころびてしまわないように心がけている。


だが、今日は、そんな心がけが効かない領域で問題が起こった——夢の中での出来事。こればかりは、どうしようもない。


結局、夕方まで仕事は手につかなかった。このままじっと辛抱していても成果は見込めそうになかったから、気分転換に散歩へ出ることにした。調べもののために本も探したかったし、部屋の整理のためにネットで品定めしておいた棚の実物も見たかったし、今の仕事のために欲しい楽器もあったし…いろいろ、言い訳を見繕って外へ出た。

雲の厚い空。その隙間から、時折、まぶしい光が差し込んでくる。あれは、天使の梯子、というんだったっけな? 静けさ漂う午後の街並に穏やかにゆらめきながら光線が降りそそいでる。嗚呼。思わず嘆息した。

駅にて。いつものとおり、西の空が一番広く見える場所までホームの上を進む。今日は珍しく、快速電車の通過待ちが続いた。お陰で、いつもよりも長く空を眺めることに。それにしても、今日の空はいつになくドラマチックだ。日没前。街中は、青とも灰色ともつかない浅く淡い色調に染まっている。

夕日はあいにく、厚い雲に遮られていてほとんど姿を表さない。雲は僕の方へ向かって多様なグラデーションで迫ってくる。ゆるやかな風にあおられて、刻々と表情を変化させていきながら…。いつまで見ていても飽きのこない演出。こういうことを音楽で表現するにはどうしたらいいんだろうか? そろそろ電車が到着する。


「いまいいですか?」


乗るはずだった電車を見送りながら、携帯電話を手にしていた。仕事の連絡。何事もなかったかのように応対するのが大人とはゆえ、今の心情と口をついてでてきた現実的な言葉との狭間で、寂しさが余計に募った。ものの数分の会話——辺りはもう随分と暗くなっていた。今日は夕日さえ拝めないのか。


「ここからが、早い」


振り返り様に見たのは、これからまさに沈もうする夕日だった。連なる住宅の屋根が結ぶフラクタルと分厚い雲の隙間から、大きな夕日が顔をのぞかせ始めていた。それまでの淡々とした軌道がウソのように、ここから夕日は一目散に沈んでいく。目をそらしている隙はない——いつか誰かが教えてくれたこと。

ここから見える夕日は、こんなに大きかったかな? 胸の中で、独り言。夕暮れの陽光は、雲や建物のついたてに反射して、街中が後光に包まれるような神々しいスペクタクルをみせてくれた。目の前に見えるすべての物体が、背から光を受け止め、そのとるに足らない表情すべてがかき消されている。見えているものは、すべて「光」だった。


僕がこれまで、自分の仕事でやろうとしていたことは、こういうことなんだよ。


まだ見ぬ君に、届くといいな。


 Not Enough


このままでいいわけは、ない。


 Balance


青い時代、毎日呪文を唱えるようにそう漏らしていたことを思い出す。


上り電車が到着した。駅舎のライトからの光が浮かび上がるほどの時間帯。家路に急ぐ足並みが忙しない。人気の少ないホームに流れる機械的なアナウンス音が、今日はやけにむなしく響いていた。
 

2008年04月18日

川瀬浩介ワークショップ「現代音楽を嗜む」5月17日(土)

三杉レンジ絵画教室@CHUM APARTMENT 授業風景【注】
 
 
川瀬浩介ワークショップ 現代音楽の基礎知識&体験講座

「現代音楽を嗜む」

作曲家・川瀬浩介による、現代音楽体験講座。
この講座は、専門的/技術的な知識の習得を目標とする講座ではありません。
作曲の専門教育を受けずに作曲家として活動を始めた川瀬浩介自身が、
受講生の皆さんと同じ目線で「現代音楽の親しみ方」を伝えます。

当日は、スティーヴ・ライヒ「Come Out」(1966)を題材として、
現在のポピュラー音楽にまで通ずる「ミニマル・ミュージック」の手法を
体験を交えて学びます。
■wikipediaより スティーヴ・ライヒ


受講者全員参加で「1曲」完成させる!


授業後半では、受講者全員参加による「楽曲」を録音、制作します。
楽器が演奏できなくても大丈夫です。
歌を歌ったり、声をだしたり、手拍子をしたり、身の回りのものを叩いたり…
どんなスタイルであれ「音」を出して参加してください!

楽器が演奏できる方は、持参していただいてかまいません。
たて笛、ハーモニカ、ピアニカ、ギター…なんでもOKです。
(ただし、あまり音の大きいものはご遠慮ください。
 会場1Fはカフェ営業をしています)

その場で思いついたメロディや声、歌詞などを次々録音して
それらを素材にライヒの「ミニマル」な手法で料理して
1曲に仕上げていきます。


川瀬浩介の自己紹介を兼ねた楽曲が試聴いただだけます。


「こんにちは。川瀬浩介です!」


#今回の講座で取り上げる、スティーヴ・ライヒ「Come Out」の手法を応用し仕上げています。誤解を恐れずに説明を加えるならば、<反復>と<ズレ>が生み出す音楽的/音響的効果を音楽に仕立てるのが「ミニマル・ミュージック」ということです。


講義の後は、お茶とケーキで、くつろぎのひと時をどうぞ。


会場は、目黒にあるカフェ、CHUM APARTMENT。
授業後のケーキ&ティー・タイムもどうぞお楽しみに!
#下記【関連リンク】にある「教室写真アルバム」では、
おいしいケーキをほおばる生徒さんの表情もご覧いただけます(笑)。


【注】本講座は、ユニークなカリキュラムで人気の
  「三杉レンジ絵画教室」の特別講座として開講されます。
   お問い合わせ、お申し込みは、下記「開催概要」をご覧ください



開催概要
 

会場 :CHUM APARTMENT http://www.chum-apt.net/

    〒153-0064 
    東京都目黒区下目黒2-23-3

    JR目黒駅より徒歩約10分
    南北線目黒駅より徒歩約10分
    都営三田線目黒駅より徒歩約10分
    目黒線不動前駅より徒歩約15分

日時 :5月17日(土) 午後1時~4時ごろ
参加費:6000円(ドリンク、お菓子代込み)
定員 :16名

お問い合わせ、お申し込みは、「三杉レンジ絵画教室」まで
http://renji8.exblog.jp/i3/


【関連リンク】
♪三杉レンジ絵画教室
http://renji8.exblog.jp/
♪教室写真アルバム
http://photos.yahoo.co.jp/ph/renji666/
♪MIXI 三杉レンジ絵画教室コミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1395700


【川瀬浩介プロフィール】かわせこうすけ 作曲家・芸術家 1970年~

TV、CM、WEBのための商業音楽作品を始め、アート系映像作品への楽曲提供、ダンス・パフォーマンスやコンテンポラリー・バレエのための作曲まで幅広く手がける。近作は、NHK教育「からだであそぼ」の音楽を一部担当(「ケインのたいそう」ケイン・コスギ、「踊る内臓」森山開次、他)。チャーミングなものからロマンティックなもの、さらには実験的なものまでカバーするその作風は、ユニークかつ衝撃的で、美しい。2002年より、光や映像、音を用いたアート作品の制作/発表を開始。表現形態を問わず、「間口が広く奥行きのあるもの」を追求する日々を過ごしている。
川瀬浩介公式サイト www.kawasekohske.info


より詳細なプロフィールはこちら
 
 
講座に向けて、川瀬浩介からメッセージが届いています「続きを読む」をご覧ください。
…と、その前に、ライヒのおススメCDをいくつか紹介しています。まずはそちらをご覧ください。


ライヒ入門のためのおススメ


B00000I5LVReich Remixed
Coldcut DJ Spooky That Subliminal Kid Howie B
Nonesuch 1999-03-26

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 ライヒのオリジナル作品ではありませんが、人気ミュージシャンによるライヒ作品のリミックス集があります。この講義で取り上げる「Come Out」のリミックスは、あのKEN ISHIIが担当! 予習がてら、チェックしてみてはいかがでしょうか?
 10年前ほどのリリースですが、すべてのトラックが巧みにリミックスされていて、とても聞きやすい内容にまとまっています。おススメです。

B000005IYOSteve Reich: Early Works
Steve Reich Double Edge
Nonesuch 1995-11-10

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 こちらは、今回の講座で取り上げる「Come Out」を始め、ライヒの初期の作品が収められた盤。上記リミックス盤とこのオリジナルを聞き比べると楽しめます。

B000005IYUReich: Different Trains, Electric Counterpoint / Kronos Quartet, Pat Metheny
Steve Reich Pat Metheny
Nonesuch 1994-10-26

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 パット・メセニークロノス・カルテットが演奏者として参加したアルバム。
 こちらは上記「Early Works」に収録されているタイプよりもかなり「音楽」として楽しめる内容になっています。
パット・メセニーが演奏するギターの多重録音で構築された「エレクトリック・カウンターポイント」の響きは、いつ聞いても美しく、思わず、感嘆の声を漏らしてしまいます。

B0000257MCPhase Patterns/Pendulum Music/Piano Phase/Four Organs
Steve Reich & Ensemble Avant Garde
Wergo Germany 1999-05-11

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 「フェイズ・パターン」と銘打たれたこの作品集は、ライヒが注目した「音のズレ」が生み出す音響的なユニークさ——そのコンセプトを元に作曲された作品に焦点を集めて選曲された1枚。ここでは主に、オルガン、ピアノなど、生楽器の演奏によってその「ズレ」による音響効果を体感できる作品が中心に選曲されています。その点が「Come Out」等の初期のテープマシンを使った作品とは大きく異なる点と言えます。2台のピアノで同じフレーズをズレを生じさせながら演奏する「ピアノ・フェイズ」はライヒの代表曲の一つ。きっとその旋律に聞き覚えがある方も多いのではないでしょうか?

 収録曲の中で、器楽によるスコアの間に挿入されている「振り子の音楽(Pendulum Music)」は、少々異色の作品。振り子のようにぶら下げられた複数のマイクが、床に配置されたスピーカーの上を往来する際に発生するハウリング音を用いて構成、作曲されている、というもの。
 カラオケを歌っているときに誰でも経験があるはずのハウリング——それを音楽作品に仕立てしまうのも、作曲家の仕事なのです。こに記録されている音源は、かなり有機的な印象を受けます。生命の息吹を感じるのは、私だけでしょうか?


もっと深くライヒに浸るなら!


B000005J4PSteve Reich Works 1965-1995
Hugo Munday Donald Palma Jeanne LeBlanc
Nonesuch 1997-06-19

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 代表的な作品をほぼすべて収録したと行っても過言ではない10枚組の作品集があります。前記した3枚に収録されているものの他、「ピアノ・フェイス」「ヴァオイリン・フェイズ」や「ドラミング」「18人の音楽家のための音楽」「砂漠の音楽」「ザ・ケイヴ(抜粋)」「プロヴァーヴ」「シティ・ライフ」など、氏の主要作品が取り揃えられています。
 スティーヴ・ライヒという作家が追求してきたものが何だったのか? この作品集を聞いて思いを馳せてみるのも一興かと。
 
 

 
川瀬浩介ワークショップ 現代音楽の基礎知識&体験講座 


「現代音楽を嗜む」


 現代音楽——。一口にそういっても、多様なスタイルがあります。

 「特別な教養や聴取体験がなければ楽しめないもの」

 そう思う方も少なくないでしょう。

 確かに「難解」なイメージが現代音楽にはあります。明確なメロディがあるわけでもなく、共感できる歌詞があるわけでもない。しかし、作品全体としては「難解」なイメージだとしても、その「手法」そのものに注目すると、それは意外に、皆さんの身近に存在しているものだということがわかるはずです。

 今回の講座「現代音楽を嗜む」では、「現代音楽の入り口」として紹介されることの多い、作曲家「スティーヴ・ライヒ」を取り上げます。彼が追求した手法は一般に「ミニマル」と呼ばれ、近年のクラブ・ミュージックなど、ポピュラーなジャンルの音楽へも応用されています。授業の前半では、ライヒが追求し続けるその手法の成り立ちに触れ、それが現在にまで応用されている実例を紹介し、現代音楽にも身近な要素があることを学びます。

 また、後半では、その手法を実践し、受講者全員参加によって「楽曲」を仕上げることを試みます。楽器が演奏できなくても大丈夫です。歌を歌ったり、その場にあるものを叩いて音を出したり(テーブルやイス、床など)…、それも恥ずかしいという方は、笑い声や話す声、手拍子などで参加してみてください。楽器が演奏できる方は、是非、ご自分の楽器を持参してください。ライヒの手法を元に、教室で考えたメロディや和音を使ってその場で録音し、楽曲として完成させましょう!

 この講座を通じて、皆さんに、音楽や音についての新しい発見があることを期待しています。


川瀬浩介
 

2008年04月09日

川上弘美

4087712079風花
川上 弘美
集英社 2008-04-02

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母からの頼まれものを探しに本屋へ。ここは、中高生時代によく通った書店だ。やってきたのは、おそらく数年ぶりくらいか? 内部の設えはあまり変わっていなかったものの、どのフロアに何があるのかはすっかり覚えておらず、少々迷子のような感じで頼まれものを探していた。


川上弘美


探し物の途中にみかけた、フロア中央の目立つ場所に平積みにされた新刊の山。そこには「川上弘美」とあった。どこかで聞き覚えのある名前。

そう、恩人のひとりが大ファンだということを、つい一ト月くらい前に聞かされていたんだった。そのとき、今時の感じでネット検索をして少し調べて、いくつか文庫も買ったはずなのに、忙しさにかまけて放置状態。すっかり忘れたままだった。その山の頂きには大きなポップ——「待望の長編恋愛小説」。スマン。まったく興味なし。素通り。

ところが、店を出る頃には、母からの頼まれものとあわせて、氏の著作を2冊も携えていた。もちろんその「恋愛小説」も一緒に。まったく、不覚だ。
 
 

 
母からの頼まれものも、同じフロアにあるようだった。作家の名前だけを頼りに、ウロウロ。本屋の陳列のしきたりにあまり精通していない僕は、いつだって迷子のように、ウロウロする。音楽の場合だったら、ある程度のジャンルと名前だけわかっていればすぐに探せる。けれど小説の場合は「出版社」がわかっていないと探しにくい傾向にある。ネットで何でもすぐに検索でちゃう感覚に慣れていると、こうした細分化された陳列には、けっこう頭を悩まされる。今日もやっぱり、同様に…ウロウロ。

そんな調子で、ようやく頼まれものを探し当てたところでそそくさと帰ろうとするも、レジへ向かう途中でまた「川上弘美」の名前が目に飛び込んできた。平積みにされた新刊ではなくて、過去の著作が並べられている。ちょっと気になって、ひとつ手に取ってみた。


4582833799東京日記2 ほかに踊りを知らない。 (東京日記 (2))
川上 弘美 門馬 則雄
平凡社 2007-11-17

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帯に記された巧みな宣伝文句が興味をそそる。けれど、その程度のことで購入を決定してしまうほど大人は甘くはない。

普通ならここで、内容を立ち読みしてみるところだが、なぜか僕はそのとき、発行人や著者のことが触れられているページをめくっていた(本の一番最後のページ)。するとそこには、シャチハタの印鑑をイメージさせる押印風のデザインが施されていた。それも、エメラルドグリーン色で「川上」と。氏のファンなら、きっとそれがどんな意味なのか知っているのだろう。僕は当然、知らない。

その押印風のデザインが、まさか本当に一冊ずつ押したものか? と思えるほどやけにリアルで、思わず指でさすってしまった。印刷、された、もの、だ、よね? 今ひとつ、真偽のほどがよくわからない。もう一冊、同じタイトルの別の本を手に取って、やはり最後のページを確認してみた。ああ。やっぱり印刷だ。まさか、手に取ったこの本だけ、「当たり」を引いたかのように、本人の押印がされているのか? なんてことまで一瞬のうちに妄想してみたんだけれど、流石にそこまでの演出は施されていなかったようだ。

だけど、この僅か1、2分の出来事が、すっかり僕に川上弘美を植え付けてしまったらしい。


読書は、かなり苦手な方。特に小説は、結末が早く知りたくなってしまって、イライラしてしまうからあまり読まない。だからまず、読み進めやすそうな「ほかに踊りを知らない。」からはじめて見た。日記という体裁をとっているものの、著者自ら「5分の4くらいは本当のこと」と触れている通り、残り5分の1は、「仕事」が施されている模様。実際、読んでいても何となく、それは感じ取れる。

しかし、なんだろう。この感じ。きっと、近くに実際にこういう日常の色々なことを感じ取り言葉にする女性がいたら、間違いなく、好きになってしまうに違いない。平凡だけれど幸せで、でも、もしかしたら退屈かもしれない「果てしなく続く日常」で起こるどこにでもあるような些細な出来事が、彼女の文体を通じて届けられると、どれも素敵に思えてくるから不思議だ。なぜなのか? 理由なんて、どうでもいいけれど。


もう時間も遅いというのに、読書の苦手な僕が、2冊目を手にしている。それも「長編恋愛小説」をだ。なぜなのか? 理由は、まぁ、あるといえばあるのだろう。きっと。

なんだろう? この感じ。さっきとは違う、なんとも言いがたい気持ちが沸き上がってきている。小説本編の内容は僕にとってはあまりどうでもよくて、けれど、読んでいる最中、ずっと、本編とは全く異なる、何か別のストーリーを読み聞かされているような、そんな気がしていた。懐かしい音楽を聴いたときに、過去の記憶が呼び起こされてそれを参照して思い出に耽るような感じとでも言えばわかりやすいのだろうか?


誰もが抱いてきたような気持ちを、彼女の言葉で、別のストーリーにのせて展開している…そんな雰囲気。だからこそ、言葉の一つ一つが引き金となって、自分の中に眠る自分だけのドラマを再び呼び覚ましてくれるのではないだろうか?

淡い思い出と突きつけられた現実、そして今、ここにある想いが幾重にも重なって、僕を縛り付けている——まるでこの物語の主人公と同じ。自由になりたい。素直になりたい。そう強く思う気持ちが、こうして手元に彼女の本を置いている理由なのかもしれない。