川上弘美
![]() | 風花 川上 弘美 集英社 2008-04-02 by G-Tools |
母からの頼まれものを探しに本屋へ。ここは、中高生時代によく通った書店だ。やってきたのは、おそらく数年ぶりくらいか? 内部の設えはあまり変わっていなかったものの、どのフロアに何があるのかはすっかり覚えておらず、少々迷子のような感じで頼まれものを探していた。
川上弘美
探し物の途中にみかけた、フロア中央の目立つ場所に平積みにされた新刊の山。そこには「川上弘美」とあった。どこかで聞き覚えのある名前。
そう、恩人のひとりが大ファンだということを、つい一ト月くらい前に聞かされていたんだった。そのとき、今時の感じでネット検索をして少し調べて、いくつか文庫も買ったはずなのに、忙しさにかまけて放置状態。すっかり忘れたままだった。その山の頂きには大きなポップ——「待望の長編恋愛小説」。スマン。まったく興味なし。素通り。
ところが、店を出る頃には、母からの頼まれものとあわせて、氏の著作を2冊も携えていた。もちろんその「恋愛小説」も一緒に。まったく、不覚だ。
母からの頼まれものも、同じフロアにあるようだった。作家の名前だけを頼りに、ウロウロ。本屋の陳列のしきたりにあまり精通していない僕は、いつだって迷子のように、ウロウロする。音楽の場合だったら、ある程度のジャンルと名前だけわかっていればすぐに探せる。けれど小説の場合は「出版社」がわかっていないと探しにくい傾向にある。ネットで何でもすぐに検索でちゃう感覚に慣れていると、こうした細分化された陳列には、けっこう頭を悩まされる。今日もやっぱり、同様に…ウロウロ。
そんな調子で、ようやく頼まれものを探し当てたところでそそくさと帰ろうとするも、レジへ向かう途中でまた「川上弘美」の名前が目に飛び込んできた。平積みにされた新刊ではなくて、過去の著作が並べられている。ちょっと気になって、ひとつ手に取ってみた。
![]() | 東京日記2 ほかに踊りを知らない。 (東京日記 (2)) 川上 弘美 門馬 則雄 平凡社 2007-11-17 by G-Tools |
帯に記された巧みな宣伝文句が興味をそそる。けれど、その程度のことで購入を決定してしまうほど大人は甘くはない。
普通ならここで、内容を立ち読みしてみるところだが、なぜか僕はそのとき、発行人や著者のことが触れられているページをめくっていた(本の一番最後のページ)。するとそこには、シャチハタの印鑑をイメージさせる押印風のデザインが施されていた。それも、エメラルドグリーン色で「川上」と。氏のファンなら、きっとそれがどんな意味なのか知っているのだろう。僕は当然、知らない。
その押印風のデザインが、まさか本当に一冊ずつ押したものか? と思えるほどやけにリアルで、思わず指でさすってしまった。印刷、された、もの、だ、よね? 今ひとつ、真偽のほどがよくわからない。もう一冊、同じタイトルの別の本を手に取って、やはり最後のページを確認してみた。ああ。やっぱり印刷だ。まさか、手に取ったこの本だけ、「当たり」を引いたかのように、本人の押印がされているのか? なんてことまで一瞬のうちに妄想してみたんだけれど、流石にそこまでの演出は施されていなかったようだ。
だけど、この僅か1、2分の出来事が、すっかり僕に川上弘美を植え付けてしまったらしい。
読書は、かなり苦手な方。特に小説は、結末が早く知りたくなってしまって、イライラしてしまうからあまり読まない。だからまず、読み進めやすそうな「ほかに踊りを知らない。」からはじめて見た。日記という体裁をとっているものの、著者自ら「5分の4くらいは本当のこと」と触れている通り、残り5分の1は、「仕事」が施されている模様。実際、読んでいても何となく、それは感じ取れる。
しかし、なんだろう。この感じ。きっと、近くに実際にこういう日常の色々なことを感じ取り言葉にする女性がいたら、間違いなく、好きになってしまうに違いない。平凡だけれど幸せで、でも、もしかしたら退屈かもしれない「果てしなく続く日常」で起こるどこにでもあるような些細な出来事が、彼女の文体を通じて届けられると、どれも素敵に思えてくるから不思議だ。なぜなのか? 理由なんて、どうでもいいけれど。
もう時間も遅いというのに、読書の苦手な僕が、2冊目を手にしている。それも「長編恋愛小説」をだ。なぜなのか? 理由は、まぁ、あるといえばあるのだろう。きっと。
なんだろう? この感じ。さっきとは違う、なんとも言いがたい気持ちが沸き上がってきている。小説本編の内容は僕にとってはあまりどうでもよくて、けれど、読んでいる最中、ずっと、本編とは全く異なる、何か別のストーリーを読み聞かされているような、そんな気がしていた。懐かしい音楽を聴いたときに、過去の記憶が呼び起こされてそれを参照して思い出に耽るような感じとでも言えばわかりやすいのだろうか?
誰もが抱いてきたような気持ちを、彼女の言葉で、別のストーリーにのせて展開している…そんな雰囲気。だからこそ、言葉の一つ一つが引き金となって、自分の中に眠る自分だけのドラマを再び呼び覚ましてくれるのではないだろうか?
淡い思い出と突きつけられた現実、そして今、ここにある想いが幾重にも重なって、僕を縛り付けている——まるでこの物語の主人公と同じ。自由になりたい。素直になりたい。そう強く思う気持ちが、こうして手元に彼女の本を置いている理由なのかもしれない。

