Not Enough
![]() | バランス ヴァン・ヘイレン エドワード・バンヘイレン アレックス・バンヘイレン ワーナーミュージック・ジャパン 2005-08-24 by G-Tools |
最寄りの駅のホームからの眺めが好きだ。
数年前に高架化されてから、見晴らしがよくなった。西の空がとにかく広く見えるのがいい。午後に出かけることの多い僕は、我が家から西に位置するその駅へ向かう途中も、西の空に浮かぶ光の主をずっと追っている。いつからそうしているのだろう? ここへきてから、ずっとかもしれない。
この駅では、いつもホームの一番先までいって乗車する。下車予定の駅の改札口の都合などは考えない。とにかく空が見たいから、一番先までいく。電車の待ち時間は、この場所でただただ、ぼーっと空の様子を眺めている。
今日のBGMは、Van Halen「Not Enough」。サミー・ヘイガーが切々と滔々と歌い上げるこのバラードが今日の空模様と同調して、僕の心情を激しく共振させた。
いつまでこうしているんだろう?
なかなか仕事が捗らない。日常の些細な出来事に影響されて、何も手につかなくなる日がよくある。そんな質だということはもう、情けなくなるくらいよくわかっているから、その程度のことで仕事や生活に影響がでないように、と、自ら工夫している。最近じゃ、なるべくニュースはみない、無闇にネット検索しない、とか…とにかく、外的な要素から無駄な影響を受けないように、いろんな禁則を自ら設けて気持ちがほころびてしまわないように心がけている。
だが、今日は、そんな心がけが効かない領域で問題が起こった——夢の中での出来事。こればかりは、どうしようもない。
結局、夕方まで仕事は手につかなかった。このままじっと辛抱していても成果は見込めそうになかったから、気分転換に散歩へ出ることにした。調べもののために本も探したかったし、部屋の整理のためにネットで品定めしておいた棚の実物も見たかったし、今の仕事のために欲しい楽器もあったし…いろいろ、言い訳を見繕って外へ出た。
雲の厚い空。その隙間から、時折、まぶしい光が差し込んでくる。あれは、天使の梯子、というんだったっけな? 静けさ漂う午後の街並に穏やかにゆらめきながら光線が降りそそいでる。嗚呼。思わず嘆息した。
駅にて。いつものとおり、西の空が一番広く見える場所までホームの上を進む。今日は珍しく、快速電車の通過待ちが続いた。お陰で、いつもよりも長く空を眺めることに。それにしても、今日の空はいつになくドラマチックだ。日没前。街中は、青とも灰色ともつかない浅く淡い色調に染まっている。
夕日はあいにく、厚い雲に遮られていてほとんど姿を表さない。雲は僕の方へ向かって多様なグラデーションで迫ってくる。ゆるやかな風にあおられて、刻々と表情を変化させていきながら…。いつまで見ていても飽きのこない演出。こういうことを音楽で表現するにはどうしたらいいんだろうか? そろそろ電車が到着する。
「いまいいですか?」
乗るはずだった電車を見送りながら、携帯電話を手にしていた。仕事の連絡。何事もなかったかのように応対するのが大人とはゆえ、今の心情と口をついてでてきた現実的な言葉との狭間で、寂しさが余計に募った。ものの数分の会話——辺りはもう随分と暗くなっていた。今日は夕日さえ拝めないのか。
「ここからが、早い」
振り返り様に見たのは、これからまさに沈もうする夕日だった。連なる住宅の屋根が結ぶフラクタルと分厚い雲の隙間から、大きな夕日が顔をのぞかせ始めていた。それまでの淡々とした軌道がウソのように、ここから夕日は一目散に沈んでいく。目をそらしている隙はない——いつか誰かが教えてくれたこと。
ここから見える夕日は、こんなに大きかったかな? 胸の中で、独り言。夕暮れの陽光は、雲や建物のついたてに反射して、街中が後光に包まれるような神々しいスペクタクルをみせてくれた。目の前に見えるすべての物体が、背から光を受け止め、そのとるに足らない表情すべてがかき消されている。見えているものは、すべて「光」だった。
僕がこれまで、自分の仕事でやろうとしていたことは、こういうことなんだよ。
まだ見ぬ君に、届くといいな。
Not Enough
このままでいいわけは、ない。
Balance
青い時代、毎日呪文を唱えるようにそう漏らしていたことを思い出す。
上り電車が到着した。駅舎のライトからの光が浮かび上がるほどの時間帯。家路に急ぐ足並みが忙しない。人気の少ないホームに流れる機械的なアナウンス音が、今日はやけにむなしく響いていた。
