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2008年08月29日

思惟

 
 

 
理論や法則、格言、金言…
先人達の英知を武器に携えれば、きっと近道ができるのだろう。

だけど、たとえ遠回りになっても、僕は、自分でそれを見つけ出したい。

誰かに頼ったり、
何かにすがったり、
運命的な出逢いを待ちわびたり…

それじゃ、ダメだ。


見つけたものが、どこかに既にあったものだったとしてもかまわない。
自らの日々の営みを通じて、そこへ到達する——
そのとき、ようやくそれが自分だけのものになるはずだから。
 

2008年08月25日

変調

この夏、生まれて初めて、夏バテというものを経験した。

原因は明白。冷たい物を多量に呑んでいたから。そのほか、数々の疲労と心労…これだけ理由があれば、カラダは確実に変調をきたす。

おまけに、痛めた喉が、まだ治っていない。普通に生活できるほどにはなっているが、未だ全快とはいかない様子。展示準備を進めないといけないというのに…参った。
 
 

 
もうひとつ、この夏、初めての体験をした——お酒を一滴も飲んでいないのに、食べたものを戻してしまった。ある宴に顔を出しているさなか気分が悪くなり…嫌な予感がして、一足先にお暇したのだが、家路の途中、その嫌な予感が的中したのだ。

途中下車して、トイレに駆け込むこと2回。いざというときのために、わざわざ各駅停車に乗り込んだ甲斐があったというものだ。おかげで周りに迷惑をかけずにすんだが、家にたどり着くまでどれだけ疲れたことか知れない。食べあわせが悪かったのか? 服薬と当たったのか? それとも心因的なものか? 理由は定かではない。ただ確実に、現在、カラダは弱っていることに間違いはなさそうだ。

喉の治療先で事情を話すと、

「薬で胃が荒れていたかもしれません」

とのこと。


確かに、胃は少し痛む。そしてあの晩は、喉の調子が回復したてのところで、ちょっぴり無理をしすぎたのかもしれない。思った以上に肌寒かったし、それに、楽しい話題につられて、つい、食べ過ぎてしまったし…(といっても、いつもの僕からしたら半分以下だが)。「冷えは万病のもと」だから、カラダを冷やさないようにと注意を払っていたけれど、それだけじゃ、足りなかったようだ。


初めての出来事で少々うろたえたが、その後は、食事も普通に摂れているし、ひとまず安心といったところ。けれど、こんな調子で、色々な準備が滞り気味なのが気がかりだ。まだまだ時間的余裕はあるのだけれど、少し焦りはじめている今…。焦りが冷静な判断と計画的な作業進行を遅らせている。先延ばしにできそうな予定のいくつかは、またもや先送りにしてしまった。お待たせしている方には、本当に申し訳なく思う。体調管理は、仕事の、いや、生活の基本だ。それができないようでは…加減をしらない全力主義のあだが、ここで出てしまった。


こうして、かれこれ3週間ほど、体調が優れないまま。こんな状態に陥ると、いけない兆候も重なりだす。あらゆる考えごとが頭をめぐり、終着点のない、いつもの「独り禅問答」が始まってしまった。余計に気分が滅入るのも当然だ。なんとかしなければ…と、様々な対策を講じるも、まったく効果なし。むしろ逆効果のことさえあった。厄介だ。この世の中で、最も苛立たしい存在——自分——が、日々刻々と肥大化している。いつものように、「そのとき」をひたすら待ちわびるほかないらしい。

それにしても、こうしたときをどれだけ刻んできたことだろう。途方に暮れながら空を見上げてただ歩いていた青い時代を思い出す。しかし、そんな一瞬を重ねてきたからこそ、放たれる作品がよりいっそう彩りを増すものになる——僕はそう確信している。この歳月は、ある瞬間を迎えるための鍛錬のときだった。僕はそう信じて疑わない。あらゆる感情と感覚を掛け合わせ、追い求める美へと導いていく時…嗚呼、なんとも官能的ではないか! 

全ての出来事は、未来のためにある。どこへ向かおうとしているかは未だ見えないけれど、何かを学び、感じることはできるだろう。そして、いつかそれを直視する日が来る。
 

2008年08月23日

 
 

 
鏡に映る自分をみつめながら、自らに問いかける。 


 あのときの覚悟は、今も続いているのか?


鏡の中の自分の顔は、自分にしか見えない。
だから、独りそっと、問いかける。


 たとえ孤立したとしても、やり抜くつもりなのか?


一つひとつ、退路を断って、全ての逃げ道を塞ぐ…これが僕のやり方。
本当の強さを手に入れるために。
 

2008年08月13日

呼び覚まされるもの

それは、与えるものではない。
まして、与えられるものでもない。


日々の営みを通じて、一つひとつ、その種を宿してゆき、
長い月日を重ねて大切に育んでいくもの。

そして、あるとき、
自らの心の底から溢れかえる「純真さ」とともに呼び覚まされてくるもの——。


それが「感動」というものだ。
 
 

2008年08月11日

喉、負傷。

無理な音域で歌いすぎた様子。
喉を痛めた。
5月に続いて2度目。
症状も同じ。
 
 

 
実のところ、未だ放送されていない、「踊る内臓」シリーズ後半最初の3作品は、激しく喉を痛めた状態で歌いこなしたものだ。中には、ダンスの雰囲気に合わせてあえて「だみ声」を出して歌ったりもしたから、制作中は、喉がちぎれるかと思ったほどだった。

録音終了後、しばし通院。数週で復活したが、今回、また再発…。喉はもともと強くない。だからこれまで、歌わなかったんだ。 


「踊る内臓」最終シリーズの制作では、自分の力量をかなりオーバーするコーラスパートに挑戦してみた。それが祟ったのだろう。無理な音域でのファルセット(裏声)を出しながら、独り、何度も何度もリテイクを繰り返した結果、声をつぶした。ギターのように、弾いているうちに指の皮が厚くなって痛みがなくなる…というわけには、僕の喉の場合はいかないようだ。いたわらないと…。

「からだであそぼ」という番組名だから、自分のカラダの機能をフルに使って…そう思ってトライし続けてきたわけだが、壊してしまっては意味がない。

自分流のヴォイス・トレーニング方法を確立しようかと、本気で考えた一日。具体的な方法はまだ浮かばないけれど、とにかく、まずは無事に声が戻ることを祈りたい(声だけじゃなく、心身の健康も)。

休息が必要だ。
 

2008年08月10日

888

2008年8月8日。

「8」が3つ並んだ究極の末広がりの日。
NHK教育「からだであそぼ」で放送中のコーナー「踊る内臓」の最終3作品の納品が完了した。
これで予定されている全12作が出揃ったことになる。
ついに、待ち望んだ「完成」の日を迎えた。
 
 

 
「心臓」から始まった放送は、その後、「肺」「胆嚢」「胃」「肝臓」「腎臓」と続き、現在、前半6作品が放送中。8月8日に収めたものは、後半6作品の中の最後の3作品。6月中にも3つ収めて、全12作が完成…そのほか、「ケインのたいそう」「ほぐそう」も音楽制作は完了しているので、これで僕の任務は全てクリアしたことになる。一足お先にクランクアップ?といったところか?(笑)

とにかく、ホッとしている。無事、全てを収めることができたことはもちろん、どれも「代表作」と胸を張っていえる内容に仕上がったことに。

今年はじめから制作をスタートさせ、およそ半年あまり。全てを独りでこなすことを自ら課しただけに、プレッシャーも相当なものになるかと思いきや、スタッフの皆さんにとてもやりやすい環境を作っていただいたおかげで、制作中は、とにかく楽しい時間ばかりだった。これだけ恵まれた環境で仕事をさせてもらえるなんて、創り手としてはこれ以上、光栄なことはない。感謝の意を表したい。

音楽や自分の作品を創っていると、完成する瞬間は、たいてい独りなのだが、今回は、もちろん違った。完成の瞬間を共有できたこと。それが何より嬉しかった。

とにかく、早く楽しんでもらいたい。今はその気持ちでいっぱい。なぜってそれは、作品が本当に完成するのは、皆さんのもとにに届いた瞬間だから。放送は、少し先になりそうだけど、待っていてください。


僕は…次なる企てに向けて…ちょっと休憩、かな? いつものように、独りぼんやりしながら(笑)。
 

2008年08月06日

踊る内臓 全12作 完成

ようやく、全12作、作曲が完了した。

最後の2つは、かなり苦心した…。
だけど、だいぶ辛抱した甲斐あって、満足いく仕上がりに到達した。


とにかく、この一ト月はしんどかった。
昼まで眠ろう。
 
 

2008年08月03日

後を継ぐもの

また一人、時代を築き上げた巨匠が逝った。


これ以上、のんびりしてはいられない。

多くの先人達が実現してきたような、
皆をつなぎとめる仕事をしなければならない。


これまでよりも、もっと激烈な勢いで。
たとえこの魂がどうなろうとも。
 
 

2008年08月02日

抗う

信じた道を歩むために。