当為
久しぶりに、読書欲が沸いてきている。
数年毎に、こうした波が訪れるようだ。覚えているところでは、2年前がそうだった。電車の移動中にも本を読むなんて、僕にとっては相当珍しいことだった。そして今年、再びその欲求を満たそうとしている。
ここ最近は、これまで完全に無視してきた「小説」を中心に楽しんでいる。それも「文豪」と呼ばれる類いの人たちの仕事をあれこれと。「読書感想文」という、誰もが通過したであろう「苦痛な宿題」の記憶が、僕を「小説を読む」ことからずっと遠ざけていたままだった。それが今になって、むさぼるように…果たし得ていない約束に辻褄でもあわせるかのごとく大急ぎで、もしくは、まるで言葉にならない想いを映し出す鏡を探し求めるかのように、次々と…愉快を通り越して、滑稽である。
この体験を通じて、何かを得ようとしているような…そんな気がしてならなかった——「熱を帯びた時代の雰囲気」——今のところ、そう結論している。物語そのものやそこに込められた作家の想いを知ること以上に、今、僕を取り囲む状況に足りない何かを、そこから必死に紡ぎ出そうとしているのかもしれない。隙あらばすぐさま崩れ落ちてしまう、自らを律する姿勢を保ち続けるために。
当為
我に留まる言葉は、いつも謎めいた響きを伴って現れる。そこから、僕の中でそっと命を育み、魂を宿し続けていくのだ。