LOVERS
《LOVERS》。
故・古橋悌二、遺作。
東京オペラシティ アートギャラリーで行われている展覧会「Trace Elements」で展示中との噂を耳にして、体調も未だ思わしくないなか、足を運んだ。ふと気になって調べてみると、この作品を最初に見てから、もう10年になる。1998年。東京・青山、スパイラル——あの日のことは、今でも鮮烈に覚えている。
現在参加中の展覧会「心ある機械たち」の出展準備中から、この情報が気になって仕方がなかった。「今、この作品をみたら、どんな気持ちになるのだろう」。そんなことが、頭を離れなかった。
きっと、この作品を見ていなかったら、今、僕はこうしていなかったに違いない。1998年当時、僕はちょうど、創作の真似事を始めたばかりのころ。自分の内なるものだけでは足りることのない「刺激」を求めては、あちこち、足を運んでいた時代のこと。あの、狂おしいほどの感情が湧き上がるのはなぜだろう? すぐさまとりこになって、その空間の中に、どれだけじっとしていたかしらない——あれから10年。これまでの自分の歩みを振り返るにはちょうどいいころ。あの空間に、身体を預けにいった。
発表から10余年。展示の状態も、決してベストとはいえないものだった。そして懸念していたとおり、当時ほどの気分にはなれないことを、その空間の中で知らされた。しかし、そこにそっと佇んでいると、本質は微塵も変わってはいないことがわかる。展覧会全体として、個人的に興味深い作品が多かったなかで、やはり、その存在感は、圧倒的だった。
今日もどれだけ、あの空間に浸っていたことだろう。少々、粗が目立つ状態のなか、当時の記憶と照らし合わせ、ぼんやり、思索にふけっていた——できているつもりでいたんだ——まだまだ、まったく足りていない。まだまだ…まだまだ——最初に出逢った当時では到底想像が及ばなかったこと…それが今、なんとなくわかったような気がした。
何に触れて、鑑賞者は、内に眠る感動を呼び覚ますのか? それは「作者の真摯で純真な姿勢」に他ならない。それが、目に触れる作品として、どれだけ純度が高く表現されているか? 創り手は、それだけを求めて日々、抗っているのだ。
最高純度を求めて。
次なる企てを実現するために、目前の現実を乗り越えなくてはならない。
あれから、10年。
これから、10年。
ようやく、最初の一歩を刻んだのかもしれない。