多様性
先日、ある新聞記事をみて、なるほどと思ったことがある。地球上に存在する種の数が激減しているというのだ。
これを、現在の経済活動に置き換えて考えてみると、我々がおかれている危機が、とてもよく納得できる。つまりは、多様であることが、生き延びるための核になるということだ。
例えば、企業はその昔から、多角経営に乗り出した。それは、ひとつのことだけをやっていても、利益は限られているし、そもそも、生き残れないと感じていたからだろう。企業規模が大きいところほど、創業時の商売だけを貫いているところは、まれだ。
これを、自分のような個人に置き換えるとどうか? 一人でできることは限りがあるから、なかなか多角経営とまではいかない。なので、いざというときに生き残れるように、豊富なネットワーク(人脈)を持とうとする。食い扶持をなくさないためにも、多くの取引先を確保。さらには、本当に困ったときのために、長い時間をかけて信用確保…泣きつく相手も用意…といった具合か? すなわち、企業にしろ個人にしろ、やりかたは同じなわけだ。
いつかもここに書いたが、損得勘定での人付き合いが僕にはできない。今よりずっと昔の駆け出しのころは、そんな法則に則ってみようとしていたこともある。けれど、そうしたいわゆる下心で接していた相手のほとんどは、当然、向こうもこちらにメリットがないと思えば動いてくれない。これは商売の原則だから当たり前のことであるが、たびたび、残念な想いに深く包まれたことがある。
いつからか、人として魅力を覚える人、尊敬できる相手、単純に、一緒に仕事をすると楽しい人…そのとき、そのように感じた相手とだけ、接するようにしてきた。端から見たら、非常に危ない橋を渡っていたように見えたはずだ。それでも、しばらくは上手く機能していた。だがしかし…いつからだろう、何かが混乱し始めたのは。今ではよく思い出せない。でも、その大半は、自分の中の出来事なのは明白だ。何かが制御できなくなった…のだと思う。
多かれ少なかれ、表現というものに向き合ってゆくのは、こういうことなのだと感じている。特に、独りで創作に対峙するスタンスで制作を続けていくと、結果、こうなるような気もしないではない。身近でみていた先輩たちにも、似たような傾向が見受けられたし…。
好きで選んだあり方なのは、いうまでもない。だから、少しでも楽しくいられるように、こうはならないように、と、自衛に努めた部分はかなりある。しかし、自分以外のことは、制御不能なことばかり…想いが伝わらないこと、どうにもならないことに、いらだちを覚えるようになってから久しい——これは、成長の過程で誰でも直面すること。それを乗り越えてこそ、目指す在り方へ一歩近づける——今も昔も、そう信じ続けている。
多様性——。自分のことに置き換えればこうだ。音楽に始まり、光の演出や映像制作、物体の構築も手がけ、ときには外部との協同での制作も行うなど、自分の中でできる限り、最大限の可能性を追求してきた。そうした拡張は、種の保存の法則に則って、無意識に行ってきたことなのかもしれない。生き残るための手段として。
こうして、いろいろなことに携わらせてもらった。常に最善を尽くして。その努力の成果が望む結果を生み出すのは、多くても、得た機会の2〜3割程度だろう。誤解を招かないように付け加えると、努力の成果、つまり、作品そのものは、理想に限りなく近づけられる。いつも悩ましいのは——誰もが追い求めるように——その理想と現実の溝を埋めること。
この壁を乗り越えるために、そのために今、新機軸を追い求めているところだ。具体的にアイデアは浮かんでいる。それをどう見せるのか? みてもらう人たちとの接点はどれだけあるか? 展開は? それさえつかめれば、最初の形は仕上がるだろう。無論、まだまだ時間はかかりそうだが…。
もう一つ、新たな側面を今の自分に——言うまでもなく、いつだって必死だが、必死だからといって、何がどうなるわけでもないことくらい、この人知れず重ねてきたキャリアの中で痛いほど知らしめられた。いつか、誰かが知ってくれたらいい、などという、まるで無人島で「我、是に在り」と叫んでいる状態から、脱却しなければならない。己に言い聞かせるように、何度も繰り返す。それは、一刻も早くに、だ。
窓から空を見上げる——今朝はようやく、久方ぶりの晴れ間が広がっている。いつもの春が来ない前に梅雨入りしてしまいそうだから、今日、いつものあの場所に行ってみようと思う。ほんのわずかでも、何かが変わることを期して。







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