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Future in the Past

チキンフットチキンフット
チキンフット

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 心地よい春を味あわない間に、梅雨入りを飛び越えて、夏の気配を感じるこのごろ。陽気も手伝って、心身ともにだいぶ回復傾向にあるようだ。

 制作に追われると運動不足に陥るため、衰えた我が身を立て直そうと散歩に励んでいたのは、先週のこと。天気がいいから少しばかり無理をしてしまったようで、何日も続けて長時間に渡り歩き回っていたところ、すっかり腰を痛めてしまった。

 おかげでこの週末は、部屋で過ごすことに。こんなときは、音楽を味わおう! とばかりに、久しぶりに大量の音楽を浴びている。その一つが、これ。すかっと壮快、西海岸の音でロックするスーパーバンド——chickenfootだ。
 
 

 
 きっと、世の中では「往年の」と形容されるようなロックスターたちが集結したサイドプロジェクトと言われていることだろう。僕自身も、最初は、そんな風に思っていた。だから、発売当初、試聴した限りでは「買うまでのほどではないな」とパスしていたのだが、先日、このバンドのライブDVDをみて、その印象が180度かわった。

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 バンドの詳細は他に任せるとする。何がすばらしいかと言えば、その「音」。寄せ集めなメンバーのはずなのに、ライブであれだけ魅せられるなんて…その秘密をじっくり見届けたくて、わずか1〜2分、試聴しただけで、そのDVDを手にしていた(ちなみに僕が手にしたのは国内盤)。

 とにかく、演奏が凄まじい。歌もコーラスもギターもベースもドラムも、すべてがだ。

 見終わって、既にじっくり知っているはずの、彼らの経歴について、改めて調べてみた。そしてさらに、驚嘆。ヴォーカルのサミー・ヘイガーに至っては、還暦を超えているではないかっ! ギターのジョー・サトリアーニでさえ、50過ぎ…それであの圧巻の演奏。ベースのマイケルは、地味ながらも、ヴァン・ヘイレンのときと変わらず、鉄壁のコーラスワークで曲に彩りを添えてくれるし、ドラムのチャドも、本家での活動以上に見事な叩きっぷり…ドラマーは、こうでなくっちゃ、と楽しませてくれる。まさにどれもが「信じられない」という状態。

 音や演奏だけじゃない。彼らは、ロック・ミュージックが備える「すべてを取り込める包容力」を、僕に今一度、思い知らしてくれた。強さはもちろん、弱さや優しさ、労り…そして憂いまでもを、90分のステージの中にすべて収めている。そしてそんな現象を、多くの人たちを巻き込んで再現——こんなことができるのは、ロック以外にあり得ない。

 そんな当たり前のことを思い返した瞬間、《Future in the Past》とタイトルされた曲をバンドが演奏し始めたときだ。僕の記憶をくすぐるそのタイトルを聴いただけでも卒倒してしまいそうだったが(注)、それに拍車をかけてくれたのが、イントロの間にオーディエンスに向けてSammyから放たれたシンプルなメッセージだ。嗚呼…こんな瞬間があるから、ロックは病み付きになるんだ。身体で感じるだけじゃない。ときに脳で感じ、それが身体の中を巡って増幅された、肌から再びにじみでるような——こういう感覚が呼び覚まされる瞬間の現象を「感動」以外の言葉でどう説明したらいいか知らない。どこのスイッチを押したら、あんな気持ちにさせてくれるんだろう? そのスイッチは、いったい身体のどこに隠されているんだ? まさにケミストリー、マジックじゃないか!

 それから言うまでもなく、レコードも手に入れた。当然、ライブよりは落ち着いた演奏になっているが、映像体験によって過剰に共振した彼らの印象を携えての拝聴は、発売当初に聴いたときとは、歴然と異なる結果を生んだ。


 こういう「音」と「記憶」を刻むことが、レコードというのさ。


 なんだか、うれしくなった。


 そして最近、こんなうれしさを味わせてくれたレコードが他にもある。こんな人たちが、日本にもいたなんて。それがメジャーの存在で…やっぱりうれしくて、聴きながら、思わず泣いてしまった。

 その話はまた別の機会に。

(注)昨年、台北で滞在制作していたとき、現地でいろいろ世話をしてくれた女性の友達とあれこれ話をしていたある夜、僕は、生涯、記憶に残るであろうセンテンスを耳にした——Past is the past. Don't live in the past.——彼女が自分自身へ向けた言葉だったが、その瞬間、それが僕の中で弾けた。以来、"past"は、僕の琴線に触れる言葉になった。